「よし。出来た」
私は毛糸で編んだ長物を両手で顔前に垂れ下げた。
「私にしてはよく出来たんじゃない」
初めてできた彼氏へのプレゼントのために、マフラーを編んだ。
手編みのプレゼントなんて今どき時代ではないのかもしれないが、彼氏に手編みのセーターをプレゼントするのがちょっとした憧れだったのだ。
初心者の私にはセーターはハードルが高くて、結局マフラーになったのだが、出来栄えはそこまて悪くはないと思う。
一度コツを掴むとマフラーぐらいであれば、そこまで手間が掛からないこともわかったので、せっかくなので私の分も作ることに。
ただ、やはり手製の編み物は少し恥ずかしいのでデザインは少し大人しめに、端っこに小さいハートマークを拵えた。
私は中央に噴水のある広場で、彼を待った。
ここは有名な待ち合わせ場所で、私以外にも彼氏、彼女と待ち合わせしているであろう人々が所々に立っている。
広場の周りには洋服屋や玩具屋、レストランなどが立ち並び、店の入口はクリスマス仕様に色とりどり飾られている。
この周辺に有名なレストランがあるようで、彼がこの場所を指定した。
「おまたせ。ごめん、待った?」
一人の男性が手を振りながら小走りでこちらに歩み寄る。
「私も今来たところ」
私は首を横に振る。
手を合わせて謝罪する彼に、私は手元の紙袋を手渡した。開けてよいか、と訊かれて、もちろんと返答する。
「うわ!マフラーじゃん。これもしかして手編み?俺手製のマフラー貰ったの初めて!」
くしゃと笑う彼の笑顔が、足の先まで冷えた体をほんの少し温める。
彼はマフラーを両手で広げた後に折りたたんで袋に戻した。
私はマフラーを巻いた姿を見たかったのだが、おそらく、レストランでマフラー姿を見せてくれるのだろう。
巻いた彼を想像すると、顔が少し綻びそうになる。
彼が私の首に指を差して、もしかしてペアルック?と訊ねたので、私は小さく頷いた。
私の顔は茹で蛸のように真っ赤に染め上がっているに違いない。
「それじゃ、行こっか」
そう言うと、彼は右手を差し出した。
私は彼の右手を握り、軽やかに足を踏み出す。
「たくみ」
踏み出すと、背後から男の名前を呼ぶ声が。
踵を返すと、一人の女性が立っている。
私は彼に誰かと尋ねると、彼は言葉を言い淀む。
たくみは彼の名前である。
「どちら様ですか?」
私の心がざわめき出し、とっさに彼女に問いかける。
いつの間にか彼の右手は離れていた。
「あんた、たくみの彼女?」
私は黙って頷いた。
不安げに彼に目線を移すと、彼とぱちりと目があった。
「いや、違うんだ。彼女はただの」
彼は言葉を詰まらせる。
「ただの何?」
私の問いかけに、彼は何も応えない。
「訳が分からないのなら教えてあげる。私、彼と付き合ってるの。昨日も一緒に出かけたよね?もちろん二人で。うちに泊まって、そのまま他の女と会うなんてあなたほんと最低ね」
私の心に黒い何が渦巻いた。
「たくみ、それ本当?」
彼は私の問いには答えずに、彼女の方へ駆け出した。
「はぁはぁはぁ」
気づけば私は走り出していた。
店の灯りが漏れる街路を限界がくるまで走り続けた。
膝に手をつき息を整え、振り返る。
彼は私を追ってこない。
クリスマス仕様に飾られたショウウィンドウに背中を押し当てる。
服の上からもわかるくらいに硝子はとても冷たく感じる。
「本当に私って馬鹿だなぁ。浮かれてマフラーなんか編んじゃって」
顔を上げると、街路を行き交う男女が目に入る。
私は行き交う人を暫く眺め、震える両手に息を吐いた。
「ほんと、セーターにしなくてよかった」
私の編んだマフラーに雪解け水がじわっと広がる。
11/24/2023, 4:59:18 PM