猫背の犬

Open App

母国語が異なる人を愛した私を母は許さなかった。
「彼が、お前によこした言葉に深い意味などない。世間知らずの大馬鹿者。恥を知りなさい」
母は私を延々と罵り、私の頬を叩き続けました。
あまりのことに言葉を失い、私は母を見ることすらできませんでした。
それは母からの罵倒や暴力に消沈したわけではなく、彼が私にくれた愛の言葉が、真実ではないかもしれないということに心を痛めたからです。
じんじんと痛む頬へ平手打ちが容赦なく繰り返される最中、私は彼を想っていました。
冷たい雪が舞い落ちる中、彼が私に告げた愛の言葉が耳から離れないのです。
あのときの体中を駆け巡った熱い疼きが、今も続いているのです。
——もう、あなたには会えないのでしょうか。
届かない言葉を胸の中で何度も繰り返します。当然、誰も答えくれません。頬の痛みより、胸の痛みで涙が溢れました。





涙で濡れた枕が冷たくなる頃、逢瀬を交わすためによく乗車していた電車の音が遠くの方から聞こえてきます。
「今晩のように月が美しい夜に必ず迎えに行くよ」と、彼は言ってくれましたが、それが現の話だったか、夢の話だっか、今は思い出せなくなってしまいました。
彼の声や面影も徐々に曖昧になっていく恐怖に苛まれる日々を過ごしています。
これは罰なのでしょうか。
単に私が盲目なってしまったから悪夢を見ているのでしょうか。はたまた母の言う通り、あの言葉はよくある挨拶の類だったのでしょうか。
私は期待をしてしまったのです。信じてしまったのです。そんな私を彼は滑稽な女だと、どこかで嘲笑っているのでしょうか。
例えそうだったとしても私は彼を待ってしまうのです。
暗く閉ざされた場所で、光が差し込むのを静かに待っているのです。
弄んだのなら、いっそ殺してください。
若気の至りだったと割り切ることができないのです。歳月と共にあなたを忘れていくのが怖いのです。
とても好きだった。この身をかけて愛していた。ただ、それだけ。ただ、それだけだったのです。

2/23/2024, 4:38:33 PM