いつかは終わるものだから、ありがとうね
板張りの床を一歩一歩、ゆっくりと行く。さらさらと揺れる竹林の根元を淡い光が静かに流れていく。細い流れが幾筋も続き、歩を進める毎に合わさっては別れてを繰り返す。空が白みはじめる頃に竹林の終わりが見えてきて、細い流れは一つになって今はもう見えない天の川のようである。
夜が、明ける―――?
強い光に閉じた目を開けると、大きな能面を吊るした吹き抜けの広場に立っていた。広間を囲むように渡り廊下が張り巡らされ、色とりどりの垂れ幕と緋毛氈が鮮やかに空間を飾っている。
手近な階段に足を掛けて上を目指す。幾重にも重なる渡り廊下を能面を横目に歩き続けると、どこからか花の香りが漂ってきた。それに誘われるように自然と早足となる。
最後の階段を上りきると濃い百合の香りに包まれた広間に出た。天井の代わりに何重もの布が垂れ、黒塗りの床も欄干もまるで鏡のように磨かれている。一際大きな能面がこちらを向いて吊るされ、向き合うように金箔がふんだんにあしらわれた豪華な屏風が立てられていた。
ぼうっとそれらを見渡していると、シャリン、と涼やかな音がした。瞬き一つの間に屏風の前に一対の座布団が用意され、すでに誰かが座っている。真っ白な手に招かれて、促されるまま隣に腰を下ろす。
宙に、落ちていく―――?
くるりと回った視界は白く染まった後、色を取り戻した。桜の大木を中心に、左に紅葉、右に藤棚が広がっている。それぞれを隔てるように小川と飛び石が並び、奥へ進めば梅に菊に、とまるで季節感を無視した花々が咲き乱れている。白百合の絨毯を囲う赤い椿の垣根、その真ん中に東屋がポツンと建っている。竹を編み込んだ机と長椅子に腰掛けて一息つくと、苔玉に桔梗を挿した飾りが机に置かれた。そっと手を伸ばしてその花弁に触れる。
誰かが、手を引いて―――
「もう、いかなくちゃ」
暗転、そして扉。固く閉ざされたそれを押す。
背後から白い手が一本伸びてきて同じように押す。もう一本、もう一本、何本もの手が扉を押す。肌の色も大きさも違うそれぞれの手が、少しずつ開く扉を筋が浮かぶくらい強く強く押す。
バンッと派手な音を立てて開いた扉の先へ身体が傾く。お礼を言おうと首を後ろに向けきる前に背中を押された。落ちていく、何も言えていないのに落ちていく。悲しくて寂しくて視界が滲むが、視界の端々に映り込んでいたたくさんの花弁が頬を撫でながら舞うので溢れることはなかった。
長い、永い、夢をみていた。
私はその中でちゃんと生きていた。
優柔不断な私のための揺り籠であり、
一人旅立つ私のためのお墓でもある。
飲み込んだ言葉の中に、
紡いだ言葉の中に、
あなたたちへの感謝と謝罪があった。
ちゃんと、届いただろうか
季節の花を添えたそれを
もっとも近くで支えてくれたあなたに
【題:あなたに届けたい】
1/30/2026, 12:26:42 PM