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花束


『次の職場でも頑張ってね』

笑顔で手を振られて去っていく人を見送るのがつらい。自分の時はまぁ、本当に散々な形になるだろう。とはいえ、ここに残るという選択肢は無いが。

用意された花束を見下ろして、ここに転職してしまった事を後悔した。
入ってすぐの違和感を信じて辞退するべきだったのだけど、過去に戻る事は出来ないし。
最善を選んできた筈なのに振り返れば後悔ばかりが浮かんだ。

お金が貯まれば溜まるほど捨てたものがある。
捨てたものがどんなものだったかはわからないが、それに希望を見出して後悔するのはとても傲慢であるとわかっている。わからないといけない。わからなければ、過去の自分の我慢に申し訳が立たない。被害者ぶれる程愚か者にはなりたくなかった。

『お疲れ様でした』
笑顔で見送る。あまり接点はありませんでしたが、それでもお世話になりました。心からの言葉を花束がわりに。
『今までありがとうございました』
返ってくる返事もまた当たり障りもなく笑顔で。
『その…』
言い淀まれた言葉になんだろうと下げた頭を上げて伺った。続く言葉がわかっていても。
『大変だと思いますが、頑張ってください』

ええ、私も知っています。
わかりやすいほどの酷すぎる嫌がらせを
みなさん公然と見殺しにしていましたものね

誰を責める内容でも無い。
わかっているからこそ答えなかった。

アイツが悪いとも私が悪いとも、誰が悪いとか何が悪いと言えるほど、プライドは低くなかったから。
ましてや貴方は『他人事だった』だけ。
責める事こそ烏滸がましい。

だからこそ、見捨てた事にカケラ程の罪悪感を持つ資格もない。言って忘れる内容ならば口にしなければ形にすらならないのに、人の弱さをそこに見出してしまう私の弱さを私自身が許せない。

ありがとうとも嫌ですとも選んだ上で返さずに曖昧に笑って誤魔化した。

私から貴方に満開に咲き誇る花束を。
どうか次の職場でも素敵なご活躍を。

私は私の弱さを形にしないで見送る事が貴方への祝福となる事を願って。


2/9/2026, 10:54:14 PM