天津

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大好きな君に

指先で頬に触れると、まだひりひりと痛かった。
完全に嫌われてしまった。
頭に巻いたタオルを弄りながら、雨に濡れた窓の外を見やる。顔が映り込む暗い窓の向こうに、放課後の教室を思い出していた。
そのとき外は曇りだった。
湿気で淀んだ灰色の教室の中で、私と彼女は二人、向かい合っていた。
彼女はついさっき振られたばかりだった。私は彼女を慰めていた。慰めていて、突然頬を叩かれた。あんたのせいだろ、と。彼女の彼氏は私に恋をしていた。彼女は激昂して、叫んで、それから静かに泣いた。
なんであんたなの。
涙をぽろぽろと零しながら、震える声で言った。私は黙っていた。彼女が冷静になりつつあるのを私は感じ取っていた。
ごめんね。どうしようもないね。
彼女は八つ当たりだと自覚しているようだった。彼女が教室から出ていった後かそのちょっと前に、雨が降り始めた。私は傘を持っていなかった。
私は彼女に嫌われただろう。いや、嫌われること自体は別にいいのだ。しかし、嫌われれば今後色々動きづらくなる。困ったものだ。
頭に巻いたタオルを解く。
嫌われてもいい。理解されなくていい。
これはエゴだから。彼女の幸福を願うようでいて、その実、私の想像する幸福を押し付けているに過ぎないのだから。君はあの人と堕ちていくのもまた幸福だと思っていたのだろうけれど、私はそれが許せなかった。
君は知らない。君が恋したあの人が、とんでもないろくでなしだということを。裏で何人の女性を泣かせてきたかということを。
君は知らない。今回だけではない。私がこれまで破り捨てた君へのラブレターの枚数も、私が脅しつけて遠ざけたストーカーの存在も、君を食い物にしようとした君の親が事故死ではないことも。
私はこれからも、君の悪役であり続けるだろう。
全ては大好きな君に、良き未来をもたらすために。

2024/03/05

3/5/2024, 7:59:49 AM