「紅茶の香りって、苦手」
カフェで、向かいに座った部下、殿山くんに私はつい漏らした。
外回りの途中、少し休憩しようかと誘った。彼が注文したのは、アールグレイ。私はコーヒーだ。
「そうですか、すみません」
でもなんで、という目をしているから、「……昔ね、お付き合いしてる人にお別れを切り出された時、飲んでたのが紅茶だったの。それ以来ダメなんだ」
正直に言った。殿山くんは、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんなさい、俺、コーヒー飲めなくて」
「いいの、謝ることない。こっちこそごめんね、余計なこと言って。美味しく飲んでたのに」
「香りって、記憶と直結してるって言いますもんね」
「……」
殿山くんは、テーブルに備え付けのシュガーポットから角砂糖をころころ掬い上げて、自分のカップにそのまま落とした。ぽちゃんぽちゃんと。いつつ六つ。
私が目を丸くしてると、甘党なんで、俺。と笑顔を見せる。
「俺、上書きするよう頑張ります。紅茶飲んでる時、佐久さんにめっちゃ楽しい話して面白いって思ってもらえるように。そうしたら、佐久さんも紅茶の香り、苦手じゃなくなるかもですよね」
私はつい笑ってしまった。無邪気な部下の気持ちが嬉しかった。
「ありがとう、殿山くん、優しいね」
「そんなことないです。俺としては、前の彼氏さん、女の人見る目ないって思いますけど」
「……ありがと」
その言葉だけで、もうちょっとだけ上書きだよという気分になるから私もチョロいな。
くるくるティースプーンで砂糖をかき混ぜる殿山くんの手元を私はじっと見つめた。
#紅茶の香り
10/27/2024, 11:02:12 AM