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一人でいるのが好きだった。
一人で出かけて、一人で食べて、一人で好きな景色を見て、素敵だったことを、誰にも話さずに帰る。
語るとしたら素敵だったものへの宣伝のためだ。自分を知ってもらうためではない。
複数人で出かけるのも好きだったけど、単に何かを見る目と頭が複数になったのがうれしい、という気持ちだった。違う身体が見た、よくわからないものたちを見るのが好きだった。

30を超えた大人になって、初めて人へ恋をした。自分があの人を好きな気持ちを、相手も感じていてほしいという強烈な衝動。世の中の恋愛表現って、誇張表現じゃないんだ、と初めて気がついた。

共感されることの欲求は領土欲の言い換えであるように見えて、今の自分には怖いものに見える。しかし、そんな恐ろしいことを普通の人は毎日やっていて、「愛されるって嬉しい」「同じ気持ちでいると嬉しい」って言うのだろう。

普通の人になりたかったから、普通の人のように恋ができて嬉しい。でも「あなたもやっぱり本当は一人がさみしかったんでしょう」と言われると、共感されなかった思いはなかったことにされるのだな、と思ってかなしい。一人が好きだったかつての自分の気持ちを知るものは自分一人しかいない、そのように振る舞っていたから当然だけど、この人生の旅の終わりまで、せめて自分だけは、一人ぼっちの楽しさも忘れないでいたい。

1/31/2024, 11:02:12 PM