二人ぼっち
「あのさ、もしこのまま誰も見つけられなかったらさ…」
彼はどこか遠くを見つめながらぽつりとつぶやいた。
「ずっと二人ぼっちかな…」
彼女もまた遠くの景色を見つめていた。
二人が見覚えのない森の中で目覚めたのは十日前のことだった。お互いに面識はなかったが、年齢も同じで話もあったことからすぐに意気投合し、協力して他の人間を探した。
森から抜け出し、見たこともない生物をやり過ごし、獣道を頼りに生い茂る草木を掻き分け、知らない果物を食べ、ただひたすらに歩いた。
しかしどれほど探しても人も街も人工物も見当たらない。飛行機の一つも飛んでいないのである。
「人類は滅亡したのかな」
「私達知らない間に物凄く未来に…来たってこと?」
聞きたくなかった言葉。言いたくなかった言葉。彼女の言葉が一瞬詰まる。不安に首を絞められて声が死んでしまいそうだった。
「…南に行こう、少しづつ寒くなってる、少しでも南下すれば暖かいところに行けるかも」
彼はぎこちなく笑った。彼女もぎこちなく笑った。
数ヶ月後、二人は冬の只中にいた。
木や石で武器を作り大型動物を倒し、その毛皮を剥いで鞣すと防寒具にした。
草を編み、縄を作ってサンダルを作る。丈夫そうな蔦を見つけると編み上げて簡易な籠を作った。
「私達ってさ、逞しいよね」
「うん、俺たち凄いよな」
二人は洞窟を見つけ、そこに居を構えた。これから冬がますます深くなれば移動はできない。春までの一時的な住居としては中々の物件だった。
冬の星空を見ながら二人は長い時間を過ごし、次の冬が来ても二人はまだその洞窟にいた。彼と彼女は父と母になり、子供は健やかに育っていた。
次の年もその次の年も、その洞窟で過ごすうちに二人はようやく他の人類を探すことを諦めた。
「それに、もう二人ぼっちじゃないでしょ?」
「うん、もう違うな」
二人は子どもたちと手をつなぎ、言葉や文字、星や季節の巡りを語り、苗木から育てた果樹や、食べられる植物の栽培を成功させ、魚釣りや狩りの仕方を教え続けた。
数十年後、彼も彼女も永く生き、大勢の家族に見守られながら幸せそうに息を引き取った。
子供たちは、代々最初の祖先である二人のことを語り継いだ。あの二人は冬の星を眺めるのが好きだった。
北の空を指し、ミライノホクトシチセイと呼んだ。今は形が違うけど、あと何万年もするとヒシャクみたいな形になるんだよ、と。二人はたまにお互いのことをふざけてアダムとイブと呼んでいたが、子孫たちがその意味を知るのは何万年も後の話である。
3/22/2023, 4:45:24 AM