川柳えむ

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 あなたと最後に会ったのは、もう半年も前のことか――。

 初めて出会ったのは、たしかもう七、八年くらい前のことだった。
 あなたは、兄の彼女だった。
 当時高校生だった兄の彼女として、家に遊びにやって来た。
 あなたの姿を一目見て、俺は、
「綺麗な人だ」
 ――そう思ってしまったんだ。哀れにも。俺は、一目で恋に落ちてしまった。
 淡い恋心だった。俺はちゃんと兄も好きだったから、兄の邪魔をしようなんて思わなかった。ただ、二人が幸せでいてくれたら良かった。

 兄が結婚をすると報告にやってきた。
 兄の彼女だったあなたは、兄の嫁――義姉となることになった。
 だからといって、何も変わらない。心は少し苦しくなったが、兄は大学から一人暮らしを始めたので離れて暮らしていたし、その兄の生活が知らないところに変わっただけだ。俺の生活には何の支障もない。そう思っていたのに。

「転勤?」
「そうなの。数年だけなんだけどね」
 父の転勤が決まった。
「で、お父さんが心配だから、お母さんもついていこうと思うんだけど」
「あぁ。俺のことなら心配ないよ。一人でも暮らしていけるし」
 俺は現在ピカピカの高校一年生。わざわざ転校なんて面倒臭いし、家事も普通にはできる自信があったから、一人暮らしでも本当に構わなかった。
「でも未成年を一人残すなんて心配よ! 何かあったらどうするの」
「大丈夫だって」
「だからね、お兄ちゃん達に頼んだの」
「え?」
 ピンポーン……。
 玄関のチャイムが鳴った。
 母に出迎えられて入ってきたのは兄夫婦。そう。そこには、兄と義姉がいた。義姉は以前会った時よりも幸せそうで、更に綺麗になっていた。きっと、兄がそうさせた。
「家を放っておくわけにもいかないし、お兄ちゃん達がしばらく住んでくれるって。だから、あなたは心配しないで、このままここに住んでいて大丈夫だからね」
 ――大丈夫なわけがない。
 義姉は気軽に「よろしく」なんて言ってくる。でも、俺には無理だった。
 仲睦まじい二人を見ていられない。あなたに何もしない自信もない。一緒になんていられる筈がない。苦しい。
「……やっぱり、俺、父さんと母さんについていきたい」

 そうして、俺は両親と一緒に家を出た。もちろん転校もした。転校になろうが、友達と離れることになろうが、どうでも良かった。二人から離れたかった。
 それから、寂しさを埋めるように、いろんな女と遊んだりもした。でも、心はぽっかり空いたままだった。

 高校二年。一学期の終業式の日だった。
 君を助けたのは、気まぐれのようなものだった。困っていた。だから助けた。それだけだった。その後、時間があったからデートのようなものをした。それだけ。
 俺に好意を持ってくれているであろうことはわかっていた。だからといって、どうすることもない。心から想い合う恋人になるのは無理だが、それ以外の願いなら叶えてもいい。君が何かを願うのであれば。
 帰り際、何か言いたそうな君がこちらを見た。告白でもされるのだろうか? 君の姿を見守る。
「好きな人って……いないんですか?」
 君が予想外の言葉を口走った。
 一瞬、素になってしまった。複雑な表情を浮かべてしまった後、慌てて取り繕っても、遅かった。
 君は悲しそうな顔で笑った。
 その顔が、とても綺麗だった。

 君と最後に会ったのは、その時。もう数日前のことだ。それから夏休みに入ってしまって会えていない。
 なんだかわからないけれど、君に会いたかった。
 君に会って、あの表情をした意味を訊いてみたかった。
 今日は夏休みだが、所属している部の活動がある。正直ゆるい部活だし、行かなくてもいいかと思っていた。
 でも、学校に行けば、もしかしたら君に会えるかもしれない。違う部活だが、同じ学校だ。運が良ければ、君も学校に来ているかもしれない。会えるかもしれない。
 そしたら、教えてほしいんだ。
 君のあの美しい表情と、俺のこの心に灯った温かな光の意味を。


『君と最後に会った日』

6/27/2024, 1:03:22 AM