谷間のクマ

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《雨と君》

「あーめあーめふーれふーれ母さんが〜、じゃーのめでおーむかえうーれしいな〜……ってレベルじゃないのよ!!」
 夏休みも終わり、そろそろ夏も終わるなぁという今日、私(熊山明里)はバケツをひっくり返した土砂降りの中を歩きながらひとり声を上げる。
 今日は台風が直撃しており、電車が止まるということで午後から休校になったのだが、私は電車を使っていないのでこの土砂降りの中を歩いて帰らなければならないのである。
「まったくこの雨じゃ傘もアテになんないわよー! でも差さないとさすがに痛いし……」
 ある程度の雨なら走って帰るこの私が傘を差すくらいだから雨の強さは推してしるべしである。おかげで傘を差しているのに全身びしょ濡れだ。
「そもそもこんな雨の中生徒を放り出すとかうちの学校どうかしてるって……」
 まあこの町の人間は町長や校長を含めどいつもこいつも自由なので仕方がないといえば仕方がないのだが。
「てかこんな雨で蒼戒大丈夫かしら……」
 私は止めなく打ちつける雨粒の威力に耐えながら猫並みに水が苦手な彼氏のことを心配する。いやまあ今は自分の心配しろって話なんだけどさ。
「って噂をすれば蒼戒じゃない! あんたこんなところでどーしたの?」
 私は桜並木の東屋で雨宿りをしている蒼戒を見つけてそっちに駆け寄る。
「ん……、ああ明里か。見ての通り雨宿りだが?」
「そりゃわかるけどさ、サイトウはどうしたのサイトウは」
 ここにいるのは蒼戒だけ。蒼戒の双子の兄のサイトウこと春輝の姿はない。
「あいつなら一回先帰ってもっとデカい傘持ってくると言って俺をここに置いて走って行ったが……」
「あーー、なるほどあいつらしい……」
 サイトウは筋金入りの弟バカなので蒼戒が濡れないように、ということなんだろうけど。
「だが今の傘より大きい傘なんてあっただろうか……とずっと考えているんだがどう思う?」
「いや私に言われても。サイトウのことだからどっか買いに行ってたりしても不思議じゃない……」
「だよな……」
「というかあのバカはそうするわよ、多分。しっかし濡れたわねー。カバンまでびしょ濡れだわ……」
 私は東屋にカバンを下ろして呟く。持っていたタオルで軽く拭いてみるが、あまり効果は無さそうだ。
「お前が傘を差してるあたりこの雨のすごさがわかるな……」
「失礼ねぇ! 私だってそれなりに傘くらい使うわよ!」
「どうだか」
「というか使ってもこのレベルよ。しばらくここで雨宿りさせてもらうからね!」
「それは別に構わないが……」
 というわけで私たちは小雨になるのを待ちながらしばし他愛のない雑談に興じる。今日の夕飯どうしようとか、そんな部類の。
 そんなこんなで30分ほど経っただろうか。ようやく雨が小降りになってきた。
「だいぶ収まってきたわね……」
「ああ。多分春輝ももう来るだろうしお前はこの隙に帰るといい」
「ええ。悪いけどそうさせてもらうわ。もーあのレベルの雨はこりごり」
「だろうな……」
「じゃ、あんたも気をつけて帰りなさいね!」
 私はよいしょっ、とカバンを持ち上げて蒼戒に言う。
「ああ。お前こそ、気をつけて」
「ええ。じゃねー!」
 私は傘を開いて一気に駆け出した。こうして雨の中蒼戒と過ごすのも悪くなかったなぁ……、と思いながら。
(おわり)

2025.9.7《雨と君》

9/8/2025, 9:56:21 AM