その美しい人は、雨に濡れて薄汚れた子猫を蹴り飛ばした。
自慢のヒールを汚されるのが我慢ならなかったらしい。
高価なヒールは彼女の美しさの一部だ。
身にまとう美しさは、その心の醜さを覆い隠し、彼女は今日も羨望のステージに立つ。
スポットライトを浴びて、ヒールに付いた汚れをひた隠して。
ヒールの先で蹴られた子猫は、止まりかけた呼吸を何とか取り戻した。
頼りない小さな体で、それでも何とか生きようと抗っている。
泥にまみれて、雨に濡れて、明日を生きる糧もない。
だがしかし、生きようとする思い、それはがむしゃらで、煌めく命の灯火は美しい。
惰性で生きる人間達を、羨むこともない。
その後、子猫は通りかかった老婆に拾われ、濡れた体は毛布にくるまれる。
美しい命が美しい心に出会い、この混沌とした世界に生きる手段と理由を生み出した。
美しい人はその業界を席巻し、不動なる地位を築いてゆく。
ある日の雨上がり、移動する車内から、水たまりで遊ぶ幼い子供達を見かけた。
靴が汚れてしまうことなど気にもせずに、戯れる子供達。
ああ、私にもあんな時代があったな。
そうは思ったが、戻りたいとは思わない。
私は幸せを手に入れた。
もがき、あがき、血を吐く思いで。
この幸せを、いつまでも守り続けたい。
子猫と老婆は寄り添いながら眠り、このささやかな幸せを、いつまでも守り続けたいと願う。
子猫は温もりを手に入れ、老婆は孤独を癒してくれる存在を手に入れた。
幸せの形は違えど、誰もがそれを求めて生きている。
世界に息づく、そのすべてが美しいと思った。
6/10/2025, 10:44:17 PM