渚雅

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「梅雨なんて嫌い」

頬を膨らませそっぽを向く子供らしい仕草は、大人っぽい優等生の雰囲気とかけ離れていて妙な優越感を感じさせた。これを知っているのは自分だけなのだと。


「息が詰まる」

閉塞的。そんなふうに言いながら降り注ぐ比較的小さな雨粒に手を伸ばす。まるで光を求めるように、やけに淋しそうに。

押しつぶされそうな色に囲まれることを恵みには思えない。たとえ必要不可欠だとしても。手のひらに溜まった雫を紫陽花の葉に落としながら君は謳う。


「声も聞こえないぐらいに荒れればいいのに」

傘に隠された横顔。微かに見えた表情は言葉とは裏腹に、やたらと綺麗な笑みを乗せていた。

指先が動いて くるりとまわる大きな花びら。水しぶきを飛ばして軽やかなステップをふむ。


「早く帰ろっか。扉に隔たれらればこの音も悪くない」

よくわからなかった。嫌いだと言ったそれから楽しみを見い出せる理由が。文学的な言い回しを好む瞳に映る世界が、自分と同じものを見ているという事実が。

だって大概の人と同じように 梅雨を嫌う理由は不快だからで、家に入ろうと感想は同じだった。音は耳をさ奏でる騒音で気を滅入らせる要因以外の何でもなかった。


「哀しい音楽。匂いを連れて耳を撫でる」

不思議なメロディー きっと気に入る。なんていう君はいつだって知らない世界を見せてくれる。

どんな 香りも風景も空気すらも、いつもと違うように彩られていく。それはまるで魔法のようにすっと心に染み込んだ。


「嫌いだけど、たまにはいいかな」

そうやってまた景色が変わった。みずみずしい花弁が、揺らいだ姿を映し出す水たまりが きらめくコンクリートが特別になった。




テーマ: «梅雨» no.8 73

6/2/2023, 8:31:07 AM