椋 muku

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2024年。今年、僕は好きな子ができた。そんな今年も残りわずかだ。今年を振り返ることは彼女との出会いを思い出すこととイコールで繋がるくらい彼女との時間が濃くなっていた。

僕はいわゆる「付き合ってはいけない3b」というものに入っていてその中でも1番チャラそうな美容師という職業に就いている。でも実際僕はチャラくはないし真面目に自分の店を構える所まで努力してきた。田舎に似つかわしくないような洒落た店舗を構えたが、何処からか「若くてイケメンな美容師がいる」という噂が広まり都会からの常連さんができるほど少しマイナーな店になってしまった。ただお客さんとして来てくれる方たちは9割がたが女性で僕とプライベートの関係を持とうとしてくる。連絡先を聞かれ過度なボディタッチで言い寄られる毎日。僕はお客様に満足してもらえるようなヘアスタイルになって欲しいだけなのに。

「こんにちはー。あの、予約してた…」

出会いは突然訪れた。彼女を一目見た時、それが一目惚れだということがわかった。自信に満ち溢れた瞳と迷いのない芯のある声。

「…あぁ、初回のお客様ですね。どうぞ、こちらへ」

肩まで伸びたショートカットの方だった。根元から黒く輝く艶のある髪に触れる。ふわっとラベンダーのほんのり甘い匂いが香る。

「今日はどうされますか」

僕が一言尋ねると彼女は迷いなく答える。

「はい。えっとマッシュっぽくして欲しくて、横と後ろは繋げる感じで刈り上げてください」

「え!?良いの?君、こんなに可愛い髪型だし刈り上げなんて…本当に良いの?」

「?はい、お願いします」

彼女のオーダーに驚きはしたが、お客様の要望に変わりはないのだから早速カットし始める。
ハサミで髪を刻む音だけが響く空間で僕はそっと尋ねた。

「君は学生さん?どうして此処を選んでくれたの?」

「はい、今年高校2年生になりました。そうですね、ランニングをしている時によく女性の方が入って行かれるのを見て好奇心が湧いたので」

「そっか、高校生か。ありがとうね、此処学生さん来るの珍しくて。君が初めての学生さんだから」

何処か機械的な貼り付いた笑顔で僕の話に相槌を打つ彼女。心の奥がざわついて落ち着かない。

「質問ばかりで申し訳ないけど、どうしてそんなに髪を短く切ることにしたの?僕、少し気になるな」

「いえ、全然大丈夫ですよ。簡潔に言うと強くなりたいからです。あと、部活で邪魔なんで」

「へーそうなの。部活は何してるの?」

「陸上部です。種目は…その…私自身納得出来る結果を出せていないので秘密で」

その時初めて彼女が幼さを残した無邪気な笑顔を見せた。僕は彼女のことがもっと知りたくなってたまらなくなった。沢山の質問をして面倒とせずに答えてくれる彼女。僕はそれなりに彼女のことを知れた気がした。
髪を洗う時に濡れた彼女の髪は癖ひとつなくて綺麗なんだと改めて感じた。

「はい、出来ましたよ。どうですか」

「うわ、すご。男の子みたい!ありがとうございます」

容姿も中身も大人へ近づいてきている頃なのに彼女にはやはり何処か幼さが残っていた。彼女の喜ぶ姿が愛しいなんて柄にもないことを思ってしまう。学生と大人、抱いてはいけない感情。後々自分自身を苦しめることになることはわかっていたけど、どうにも出来なかった。

「あ、代金はこれで丁度な…はず?」

「うん、丁度だよ。」

「ありがとうございました!」

扉から去って消えてしまいそうな彼女を慌てて呼び止めたなんて今になると恥ずかしく思う。不思議そうな瞳で振り返る彼女。

「また、来てくれる…かな?」

「はいっ!私、また店長さんにカットしてもらいに来ますね!」

彼女がさっき男の子みたいと言っていた容姿。周りの人だってきっと男の子にしか見えないだろう。僕しか女の子だなんて気付かなくていいのに。
僕は棚の引き出しに貯められていた沢山の女性の連絡先や名刺を全てシュレッダーにかけてその日は残業をせずにすぐに店を閉じた。

彼女と出会ってから初めて越す年。今までとは何処か違う寂しさが体の芯を冷やす。その感覚が気持ち悪くてまた今日も彼女に会いたいと願ってしまった。

題材「1年間を振り返る」

12/30/2024, 1:01:45 PM