名前の無い音

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『桜』


「桜の花 何色に見える?」

幼稚園の頃
同じクラスの男の子と 言い合いになった

私は桜の花は「ピンクだ」といった
同じクラスの彼は「白だ」といった

だって 壁に貼ってある
みんなで作った桜の花だってピンクだし
絵本に書いてある桜だってピンクだし

それなのにアイツは……
絶対に『白だ』って言う

わたしはしばらく 怒りが収まらなかった


あれから10年 

高校の入学前にあるオリエンテーションで
同じクラスに なんとなく
見たことがある名前があった

誰だろう?
知っている気がする 見たことある……
あ!

そうだ アイツだ!
思い出した あの白い桜の……

ちょっとだけ変な気持ちになる
よく思い出せたなぁ わたし
いつまで 根に持っているんだろう…

ちょっとだけ気になって 名前の人物を探す

その名前の席に座った10年後のアイツは
マッシュカットがよく似合う
普通の男の子って感じだった

オリエンテーションの帰り道
学校の通学路に咲く桜が ちょうど見ごろだった

はらはらと舞う花びらが
思ったよりもきれいだった

「ねえ!」

後ろから 声がした

「もしかしてさ 幼稚園一緒だった?」

ムッとして振り返る やっぱり
アイツだ

「……」
「サクラ 嫌い?」

絶対わざと聞いてる なんだコイツ

「まあね」

ぶっきらぼうに答える

「なんか モンシロチョウみたいだね サクラ嫌いってさ」

(は?何でモンシロチョウ?)

「モンシロチョウは桜が嫌いなんだよ」
「え?何言ってんの?そんなの嘘だよ」

思わず 私は半笑いで答えた
アイツは ちょっと真面目な顔で 私を見た

「モンシロチョウが
桜に止まってるの見たことある?」

「え?でも……歌にあるじゃん!
『さくらにとまれ~』って」

「だから 止まらないんだって
だから『とまってくれ~』って歌ってるんだよ
……あっ!」

スズメの鳴き声とともに
桜の花がくるくると回って 落ちてきた

アイツは 両手を伸ばして
パシッとその花を捕まえた

「スズメが食べるんだよ
そんな桜は こうやって花の形のまま
きれいに落ちてくる」

「スズメが?桜を食べるの?」

「花の蜜を食べるんだ 見て……これ」

そっと開かれた掌から現れた桜は 
思っていたよりも……確かに白く見えた

「本当はさ……あの時も これ 見せたかったんだ
俺 あの時ずっとさ
桜の花 手に持ってたんだよ」

「え?」

「嘘じゃないだろ?白いんだ 
幼稚園の時 こうやってキャッチしたんだよ
一番最初に 君に見せようと思ったけど 
絶対に『ピンクだ』って言うから
俺 手開けなくなっちゃってさ
今でも覚えてる」

ウソでしょ?
あの時 なんであんなにピンクだって騒いだんだろう
子供だから?ピンクが好きだったから?
あぁ これは10年越しでの謝罪案件だよ

「あのさ なんていうか あの…あの…」

私は 何を言おうかと 言葉を選ぶ

「………ごめん
ほら こどもだったし なんか うん」

アイツは ただ 桜を見つめてた
  
「それに……私 モンシロチョウじゃないよ
だって桜 嫌いじゃないし……」

あの頃の私に 教えてあげたい
ちゃんと見ないと
気づかないものがあるんだよって

「ほんと 桜白いんだね」

アイツが ちょっとだけ びっくりした顔をして
私を見た

「モンシロチョウ並みに 白いじゃん 
きっと チョウが桜を仲間と見間違うから
チョウの方からは桜に近づかないんじゃない?」

私は 少しだけ おどけた顔をしてみる
アイツは ちょっと笑いながら

「なるほどね」

と言った


再会できた桜の下
10年ぶりにようやく
和解出来たような気がした

5/10/2022, 4:35:57 PM