シュテュンプケ

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 玄関のドアが開いて閉じる。鍵をかける音に、わたしは我に返った。

 くつくつ煮えた鍋からは白い湯気がたちのぼっていて、ぼうっとしていたせいで熱しすぎたかもしれない。慌てて火を止める。

 出来たてのカレーにはごろりと大きめな肉が入っていて、じゅうぶん美味しそうに見えた。味付けもちゃんと好みのにしてある。

 エプロンを解いて、スリッパの足音を立てながら玄関へ向かう。あなたに「おかえり」と微笑む。

 ああ、夢見た幸せだ。

 靴を脱ぐために俯いていたあなたは弾かれたように顔をあげた。その目が見開かれる。

 なにか言おうとした唇が「ぁ」と短く声を上げたきり何も発せず、はくはくと開閉した。

 もう一度おかえりを言って、わたしは思わず笑ってしまった。そんなに見つめられたら照れてしまう。

 あなたも幸せを噛み締めているのだろうか。一緒にいられる幸せを。

 鍋の中でカレーができている。

 シンクには赤くなった包丁が置かれている。赤く濡れた壁や床は綺麗に拭いた。結婚指輪は嵌めようと思ったけれどサイズが合わなくて、とりあえずポケットに入れてある。

 何も言わず後じさり、ドアノブに手をかけたあなたの腕を掴んだ。

 どこへ行くの。まだ「ただいま」も言ってないのに。





3/28/2023, 10:51:56 AM