答えを諦めた瞬間に見つける事がある。数日考えても分からなくて諦観の念を抱いて半歩下がると足元に答えがあった。灯台下暗しとはこの事だろう。朝のルーティンを終え、いまだ寒い室温のため湯たんぽを膝に置く。手を温めて気持ちを落ち着かせて本を開く。良かった、合ってる。ずっと頭と胸がもやもやしていた。何度考えても答えが合わなかったから。脳はオーバーヒートしていた。紙には書かない。布団に潜りながらずっと考えていた。この答えは『苦労した』という思い出が付加価値として付与された。だから印象深いし納得感もあって満足感もある。胸が高鳴る。同じ答えに辿り着くにしてもYouTube の動画やAIによる解答では「ふーん、なるほどね。分かった」としかならなかったと思う。そしてその知識が必要になる時に表面上の記憶として記憶の波を探しにいく。けれど苦労に苦労を重ねて得た答えは既に自身の中にあり瞬間的に電気信号を本能で結びつけて理解を助けてくれる。こういった記憶こそが人生に喜びを与えてくれる。簡単に得た答えは簡単に忘れる。苦労して分からない答えが分かった瞬間、胸が高鳴る。
題『胸が高鳴る』
3/19/2026, 6:57:18 PM