望月

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※作者的には、作品内で登場人物の性別を指定していないつもりで書きました。宜しければお好きな性別を二人に当て嵌めて読んでみて下さい( *´꒳`*)

《バレンタイン》

 騎士団の規律として、団内での恋愛は断固として禁止されている。
 男女問わず能力のみで登用されているが故の規律らしいが、理由は単純、恋人を優先して貴族を守らない馬鹿が過去にいたせいだ。
 皆そう嘲るが、私は少し不満だった。
 愛する人の為に、貴族よりも優先して身を呈して庇うことは悪なのか。
 それがずっと胸の奥で燻っていた。
 それなのに、バレンタインデーとかいう日がやってくると、男女関係なく皆チョコを渡したりしている。それも、本命だってあるのだろう。
 つまり、表向きはそうされているだけ、ということなのかも知れない。
 それならそれでいいが、
「……あの、これ……受け取って貰えませんか!」
「……ありがとう。美味しそうだね、嬉しいよ」
 にっこりと甘い笑顔を浮かべる先輩を見るのは、今日で何十回目だろうか。
 色素の薄い髪に同色の瞳、端正な顔立ち。高身長に、出自は侯爵家の四姉兄の末っ子と来た。騎士団の制服も全員同じ制服な筈なのに、どう見ても先輩の着ている方がお洒落に見え、スタイルの良さも感じるのだ。おまけにそれらを鼻に掛けずに、誰でも影日向なく接する。
 これでモテない筈がない。
 その手の話にてんで興味がない私でも、時折はっとさせられてしまう人物だった。
「……待たせてごめんね。これ、一旦部屋に置いてくるから……もう少しだけ待っててくれないかな?」
「私のことはお気になさらず。任務の時間まで余裕はありますから」
 騎士団では先輩と後輩の二人でバディを組んで、共に任務を行う。
 本来であれば大人気な先輩とバディを組めることを歓喜し、周囲はそれに嫉妬するのかも知れない。
 だが、生憎と私は先輩に尊敬こそすれ恋慕はしていないし、特殊な環境もあって嫉妬に晒されているということもない。
 つまり、色々と事情はあれど、一番バディとなっても問題ないと私は認識されているのだ。私を緩衝材か何かと勘違いしてないか。
「争いが起こらないように私と組むって……本当に、人間なのか怪しい……」
 人々を惑わす悪魔か何かかと、私は溜息を吐いた。
 足音が聞こえ振り返ると先輩がいた。
「お待たせ! 結構ギリギリになっちゃってごめんね。悪いけど急ごうか」
「いえ、大丈夫です。行きましょう」
 私は頷きを返し、任務場所へと向かった。

 任務内容は見回りだ。
 昼を少し過ぎたこの時間からは、余り犯罪は起きない。それでも警戒は必要だった。
 結局四時間ほど街を回って、けれど町は平和そのものだった。
「……何事もなく終わりましたね」
「君の日頃の行いがいいからかな、何も起きてなくて良かったよね」
 さらっと人を上げる発言をする。
 そういうのが最早癖になっているのだろうか、先輩の対人スキルを感じつつ騎士団の駐屯場へと帰る。
「そういえば先輩、街でも貰ってましたね、バレンタインだって」
「皆さん優しいからね。ありがたい限りだよ、全く」
 流石に、パン屋の娘さんからパンを一袋貰ったときは驚いた。
 思い出話をしながら、時間が経つのが早いと思った。
「そうだ、ねぇ、君」
「……なんですか、先輩」
「君からもバレンタインのお菓子くれたっていいんだよ? 受け取るよ?」
「そういうのは他の人にやって下さいよ」
 何を言い出すんだこの人。
「えぇー、バディなんだからこう、日頃の感謝です! ……とかないの」
「ないですよ」
 そう答えてから、たしかに何か送るべきかもしれないと気付く。
「……先輩、私からバレンタイン渡しますよ」
「お、何くれるの?」
「夕方って鍛錬後は任務入ってないですよね。もし時間があったら私と街に行きませんか」
「…………いいよ、行こうか」
 暫し考えた後、先輩は頷いてくれた。
 そうと決まれば準備をしなくては。
「……大胆だなぁ」
 先輩の呟きの意味は、わからなかった。

 そして迎えた三時間後。
 騎士団の制服ではなく私服に着替えた私は、正門の前で先輩を待っていた。
 ちなみに、騎士団が任務外で外出をする際は外出届を提出する必要がある。一応、目的地だけは把握しておかないと有事の時に招集できないからだ。
 それも提出済で、準備万端である。
「……今日だけで何回も君を待たせちゃってるよね。珍しい体験をしてる気がするよ、遅くなってごめんね」
「気にしていませんし、まだ約束の時間より二十分も早いですから。気にせず行きましょう」
 遅くなった原因というのも、団員同士の言い合いを仲裁していたからだと知っている。
 というかそんなことよりも。
 私服姿の先輩を見るのは何気に初めてだった私は、そのかっこよさに改めて思う。
 こんなの見たら誰でも惚れるんだろうな。
「……私は馬鹿か」
 小声でも口にしてしまうほど、思考回路がおかしい。きっと、いつもと服装が違うから、混乱しているんだろう。
 そう結論付けた私は、
「あっ、すみません。こっちです」
 真逆の道を歩みかけた先輩を引き止めた。
 目的地知らないんだから、私より前に行かないで貰えますかね。
 なんて、流石に気まず過ぎて言えない。

 日がすっかり暮れる頃、私は目的の店の前で立ち止まる。
「……ここは?」
「見ての通りです」
 先輩が面白そうな表情をしているのを気にせず、私は店員さんを呼んで席を指定する。
「どうして……バレンタインなのにわざわざディナーに招待してくれたの?」
 話しかけながら椅子を引いてくれる先輩ってなんなの、とスマートさに驚きながら私は大人しく座る。
「おかしなことしましたか? だって先輩……甘い物、苦手でしょう」
「……一言も言ってないけどね、そんなこと。というか、寧ろ皆から沢山受け取ってるし、見てたでしょ」
「そうですけど……受け取るときに毎回、困った表情してましたし」
 まあ、無駄に本人の顔がいいせいでそれも笑みの一部として成り立っていたが。
 私が普通に返すと、先輩は不思議そうな、おかしそうな笑みを浮かべていた。
「よく見てるねぇ、君ってば。騎士として悪人と接するときに使える技術だね」
「普通に図星って言って下さいよ。甘い物はさておき、苦手な食材とかありますか?」
「そういうのは特にないよ。何でも好き」
 先輩にぜひ食べて欲しいメニューがあるのだ、私はそれを注文した。
「ところで、なんで急にバレンタインくれようとしたの?」
「先輩にはお世話になっていますから。バディを組んでそろそろ一年経ちますし」
「そう言えばそうだったね。最初に比べたら、随分警戒心も解けたみたいで嬉しいよ」
「久しぶりに会った親戚みたいな反応しないで下さいよ。……あの頃は仕方がないでしょう」
 過去は過去、今は今、だ。
 なんて話をしていると、運ばれてくる。
「お待ちしました。こちらがご注文の品になります」
 店主のこだわりスパゲティ。
 それが、私が先輩に食べてほしいメニューだ。
 熱々の内に食べて欲しくて、会話を中断してスパゲティを勧める。
「いただきます」
「……いただきます」
「……ん! 初めて食べたけど、何だか……あたたかい味がするね。なんて言うか……」
「よく知らないですけど、家族の作る味、って気がしますよね」
「そうそう、安心する……みたいな!」
 ふわりと笑う先輩の表情は、甘い笑顔でもなく、初めて見るものだった。
 それを見れただけでも、十分だったと言えよう。口に出さないけど。
「……最後の最後にいい贈り物貰っちゃったな」
「何言ってるんですか。最後じゃないですよ」
 しみじみと言う先輩をぶった切って、私は先輩に箱を差し出す。
 私は先輩に思い出をバレンタインに送るほど、ロマンチストではないのだ。
「へ?」
「これ、バレンタインです。よろしければどうぞ」
「お菓子……な訳ないか、この流れで」
 ありがとう、と言いながら先輩は箱を開ける。
 中から出てきたのは、ネックレスだ。
 小さいけれどたしかに揺れる宝石は、偽物だろうが、蒼く美しい。
「……綺麗だね、これ」
 ぽつりと呟く先輩に、
「そうでしょう? 先輩はいつも、私から見てこんな騎士なんですよ」
 見るものを魅了し、けれど純に輝く色。
 私にとっての先輩とは、そんな存在なのだ。
「……ありがとう。凄く嬉しい」
 ふにゃりと笑うのは、本当に珍しい。
 けれど。
「ホワイトデーの日。お返し、期待していいよ。ちゃんと待っててね」
 にやりと笑った先輩の方が、もっとずっと珍しかった。

2/14/2024, 2:50:21 PM