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 「ねえ、今何する時間?」
6時間目、雑踏とした教室の中、隣の席の西原は当然のように私に聞いてきた。ああ、やっぱりなとこっそりため息をつく。先程ちらりと隣を見たとき、彼は窓の外の青空をぼーっと眺めていた。先生の話など頭に入っていないことは一目瞭然だった。はじめから私に聞いてくる算段だったのだろう。
「聞いてなかったの?」
「うん」
「タイムカプセルを作るんだよ。手紙とか、絵とかを封筒?に入れて保護者に保管してもらうの。それで10年経ったら開けるんだって」
「へえー」
聞いているのかいないのか、生返事だった。まあ、私自身、中学生にもなってタイムカプセルだなんて子供じみたこと、恥ずかしくてしたくないんだけれど。
 配られたプリントは上の方にはタイムカプセルを作ろう!と言う文字、右上の名前を書く欄のほかには、大きな枠がある。ここに何でも好きなことを書けと言われても。シャーペンを持ったまま固まっていると、左隣から「できた!」という声が聞こえた。
 驚いて声の主を見ると、目をキラキラとさせて、両手をぴんと伸ばしてプリントを掲げている。覗き込んでみると、くたびれた人のような、溌溂とした植物のような絵が描かれていた。そのなんと奇妙なことか!言いようもない気味悪さに思わずヒッと悲鳴を上げた。しかし当の本人は意に介さないどころか聞こえていないらしく、そのまま紙を持って先生に出しに行ってしまった。「へえ、すごいね」先生は言った。しかし私はそれが信じられなかった。あんなにも心臓を掴むような絵を見て、平然としていられるわけがないだろう!
「先生、これ終わったらどうすればいいの?」
「西原君、目上の人には敬語を使ってね」
「はあい」
「うーん、そうね、色なんか塗ったらいいんじゃない?」
「わあ!それナイスアイデア!」
「敬語ね」
 帰ってくるなり、彼は私に色鉛筆を持っているかと聞いた。それくらい予測していたはずなのに、私は焦ってしまった。色?ただせさえ今までにないほどに奇怪な絵に色などついてしまったらどうなってしまうんだ?ひょっとすると、それまでの歪さがすっかりなくなってしまうかもしれない。私はそれがとても惜しく思えた。しかし、私は果たして彼に色鉛筆を貸した。自分の義務めいた親切心に内心舌打ちをした。
「西原、それ何描いたの?」
「自分」
その言葉に波のような驚愕と、畏怖と、ある種崇拝の念が芽生えた。まるで美術の授業で習った天才画家みたいだ。私には到底理解できなかった。へんてこな自画像。あれで天才などと評価されるだなんてと私は胃がむかむかする思いだった。私の中で西原とピカソがイコールで繋がる。シャーペンを持つ。自分?自分っていうのはもっと、忠実に描くものでしょう。現実にいるんだから。抽象的にしたって、分かりずらくしたって、それに何の意味があるの。それが芸術だとでもいうの?理解できない。理解できないことが恐ろしい。けれど理解できないから美しい。受け入れ始める自分を振り払う。シャーペンを動かす。私はそんなの認めない。
「できた!」
「なにこれ?お前?」
西原が横から覗いてくるが気にならない。なんとでも褒めてくれて構わない。私は自分でも信じられないくらい忠実に描きあげられた自分自身を恍惚とした表情で眺めていた。
「変なの」
西原が顔をしかめる。私はぎょっとして「どこが」と食って掛かった。
「全然似てないよ。なんかアニメみたい」
 もう一度自分の絵を見てみる。確かに先程までの魅力的なオーラは放っていなかったけれど、それでも十分私に似ている。アニメみたいと言われても、私はそういう絵ばかり見てきたから仕方がない。西原が妬みからそんな嫌味を言ったのかと思い、私は席を勢いよく立つ。大きな音がしたのでクラス中の視線が私に集まる。けど気にしない。今だけはどうだっていい。
「あんたのだって、変だよ!きっと、1000年後の人が見たら、気持ち悪くって破り捨てるね!」
「そんなのわかんないだろ」
西原は明らかに気分を害したようだった。
「お前のそのオタク趣味の絵だって、気味悪がるだろうよ。人を描いたんだってことすらわかんないと思う」
しかし負けじと反撃してくる。
「じゃあ勝負よ!あんたの絵と私の絵、どっちが未来人に評価されるか」
「ああ、もちろん受けて立つぜ。けどそんなのできないだろ」
「何言ってんの。だってこれはタイムカプセルよ」

 二人の芸術家の絵は空き缶に入れられ、とある空き地に埋められた。埋めた後で、一体誰が掘り出してくれるのだろうと自分の無計画さに一抹の不安を覚えた。けれど、今更やめるわけにはいかない。

XXXX年、銀河系第509248惑星より出発した我々は、とうとうある星にたどり着きました。地表の物質を調べるため、あらゆる地点でサンプリングで行いました。すると奇妙な箱を発見したという報告がありました。危険物の可能性もあるので十分な警戒の元開けられたその箱の中には二枚の紙切れが入っていました。開いてみるとごくごく普通の似顔絵が二枚あっただけでした。しかし、かつてこの星に住んでいた我が同志らが、どうして何の変哲も、面白みもない紙きれを保管していたのかは謎です。

2/3/2023, 2:16:24 PM