yukopi

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男は顔で笑顔を作りながら、こう言った。


『当選おめでとうございますぅ。厳しい審査を乗り越えたそこのあなた。これから、我が社が開発した《タイムマシーン》によって、過去へ飛んでもらいますぅ。そして、出来るだけ且つ単純に、彼らを、誘えば良いのですぅ。』


たった、それだけなのですよ。
初心者でもできる"簡単なお仕事"ですぅ。


私の前に立ち、「ささっどぞ、此方へ。」と頭を低く腰を曲げる。
(たいむましーん?彼ら?なんだ?それは…)
男の話し方といい、雑な説明といい、頭を低くした時に見てしまった頭の中心部の毛の薄さから、かなりの胡散臭さを感じながらも、私は男の言われるがまま、前に出る。


男は持っていたビジネスバッグを開けると、銀メッキの大きな箱を取り出した。箱の蓋を開けると、更に中から
赤い大きなボタンが埋め込まれた装置が出てきた。


ささ、どーうぞ、こちらへ…。


私は更に胡散臭さを感じながら怪訝な顔を向ける。
男は、何も怪しい者では御座いませんですぅ。という顔をしながら、私を促した。私は迷いながらもまた一歩近づいた。




『はい。いーまから、あーなたは、この我が社、我がー社ーの、《タイムマッシーン》に乗り、過去へと、飛んで頂きますぅ。』

男の説明は、耳障りだった。
なにかのドラマでこのような喋り方をしている俳優を観たことがある気がした。…なんだっけ。思い出せない。


男の説明は続く。


『はい。そーれーでぇ、そこのあなた、あなーたーには、』

…頭が痛くなってきた。
すまないが、もっと手短に話してくれないか?
私は男に言う。


『はい。かしこまりー』

…ぃぃぃ居酒屋か!
私は思わずつっこんでしまった。普段感情が揺さぶられることはない筈なのに。
男は私のツッコミにも無関心な表情で、再び話始める。結局話し方は相変わらずだった。

…なので、男が話した説明を要約する。


ーー男の会社が開発した、タイムマシーンという装置で過去へと飛び、進化していない猿も同然の我ら祖先の元に、彼らが道具を使うよりも前に、この赤いボタンを押す事を促し、いかに恐怖や危険を感じ悟る潜在能力を持たせないようにさせるか。


…と、いう事ですぅ。


男は説明し終わると、私にまた笑顔を作った。

私は怪訝な顔を向ける。
…どうせその笑顔も本心から笑っていないんだろう。
なにせ、こんな重大な任務とやらを、ただの一般人にやらせるような仕事じゃない。
私は眉間に皺を寄せ、深い息を吐いた。


…じゃ、辞めますぅ?


男は、私が酷く困惑している様子から、覗き込むようにして聞いてくる。
こんな重大ともいえる説明をしておきながら、こんな簡単に返事をしていいのか?…と、咄嗟に思いながら、口を噤んだ。


男はそんな私を真似るかのように、
口を噤み、への字に曲げる。次にはアヒルのような口にしたり、口をイーの形にしたり、まるで子供のようだった。


…はぁぁぁ。
私はかなり大きな音で溜息を吐く。
男を見ると、私から視線を外し、口の端を曲げて…如何にもめんどくさそうな顔をしていた。それでも、何秒かに一回は、此方に視線を送ってくるが、私と目が合うと慌てて視線を逸らし、何か独りごちる素ぶりを見せたりもしている。…まったくもって、白々しかった。


(なんなんだ、この人は…。)
全く得体の知れないハゲたオッさんを横に、私は白い目を向けながら、…わかりましたよ、やりますよ。諦めの声をかけた。
もう、やればいいんでしょ。という感じだった。
すると男は、急に空が晴れたような声と表情を露わにしながら、私に「やってくれますぅ?」と、満面の笑みを向けてくる。



(だからお前、そういうとこだぞ……。)

私は心の中で、既に諦めの境地にいた。
所詮、私は金で雇われた身なのだろう。多額の金と引き換えに"当選"という形で、今この男の前に立っているのだ。


その赤いボタンの装置で、何かが、もしかしたら変わるかもしれない。しかし、やっぱり何も変わらないかもしれない。
実際のところ私は自分の事しか考えていなかった。男のいう壮大な計画がもし、うまくいってもいかなくともどうでも良かった。所詮他人の未来なんて私には関係がないのだ。



快く引き受けた私を、男は満面の笑みという名の作った表情で、銀メッキの箱を手渡してくる。

あ…それから。と言いかけて男はビジネスバッグの中から一枚の白い紙を取り出した。
書面に書かれた文字を見て、私が金より欲しかったものだと、瞬時に理解した。この紙一つで私の未来が左右されるといっても過言ではない。



『あなたの未来は、もう我々の手でしか救えないのです。』


男の笑みは、これまでと違う表情していて、
最後の最後に癖のない言葉で、私の背中を押した。



私はずっと私の事しか考えてはこなかった。
もしかしたらもう、帰ってはこれないのかもしれない。
金欲しさで釣られた、過去の自分の過ちがある。
だがあの紙だけで、散々迷惑をかけてきてしまったあいつらの生涯の保証になるのなら。



…せめて最後くらいは自分の言葉で伝えたかったと、
今になってからでは遅いのだ。






お題: もしもタイムマシーンがあったなら

7/23/2024, 1:23:58 AM