雨に佇む
折り畳み傘を差して、バスを待っていた。
土砂降りの轟々という音に聴覚が支配される。こんなに酷くなるとは思わなかった。折り畳み傘では小さく、私のカバンはあっという間に濡れて重くなった。中身は仕事の資料だ。ますます憂鬱な気分になる。
小学校低学年くらいの小さな女の子が私の隣に並んできた。激しい雨でぼやけてよく見えないが、隣といっても少し距離を空けている。ふとその子が近づいた気配がし、声が聞こえた。
「このバスで茶池に行けますか?」
「え?あ、すみません、分からないです。」
「ありがとうございます。」
しっかりした話し方に驚いた。はっとした。そういえば、なんでこんなにはっきりとお互い声が聞こえたのだろう、雨の凄まじい音の中で……。それに、あの子傘を差していただろうか?差していなかったように見えた。それなら合羽を着ていたのだろう。あの子は雨の中で平然と佇んでいたように見えたから。なんとなく意識してしまってあの子の方を向けなかった。バスがなかなか来ない。
「土砂降りですね。」
「ええ。」
また、あの子が話しかけてきた。答える時に何気なくあの子の方をちらりと見た。目を疑った。本当に合羽を着ていなかった。質問が口をついて出た。
「雨、好きですか?」
「はい。雨の日しか、お出かけできないので。」
「そう…ですか。」
雨の日しかお出かけできない?ますます謎が深まる。不気味さより好奇心が勝り何か会話したいと思ったその時。雨の中に、ぼんやりとバスの姿が浮かび上がった。輪郭のぼやけた2本の光を発しながらこちらに近づく。私はバスに乗ったが、あの子は行き先を確認して違ったのか乗らなかった。
座席に座って暗いバス停にあの子の姿を探したが、もう見当たらなかった。ふと、魚なんじゃないか。なんて思った。魚が水の中で会話できるという話を聞いたことがある。だとしたらバスに乗るというのは自殺行為だ。水がないから。水を一定時間溜めておける生物……河童?いやまさか、でも…。我にかえった。そんなことを考える自分が滑稽だった。
まだあの子の正体が気になっていた。確か目的地は茶池と言っていた。今度出かけてみようか、雨の日に。
8/28/2024, 12:14:24 AM