『隠された手紙』
確かに手紙を書いた。記憶がある。もう十年以上も前のことで、記憶だって風化変質している可能性は大いにある。だが他ならぬこの記憶にだけは奇妙に自信があった。
ただ、手紙を書いたという記憶だけだ。
肝心の、何を書いたのかが思い出せなかった。
悪態などは書いていない。はず。
むしろ逆上せた科白を書きつけたのではないかと、それが心配だった。
幼馴染が目前で語るのを私は眺めていた。眺めながら必死で記憶を探っていた。
何を書いたのだったか、あのとき、小学生だった私は。浮かれた愛の告白など書いていなかっただろうか?
「というわけで! タイムカプセル掘り返しに行こうぜ」
幼馴染はやたらと乗り気で気合い充分。
「うん……、でもヤナギンもあれからあっちに戻ったことないんでしょ?」
幼馴染の名字は「柳橋」、ゆえにヤナギンだ。
「まあね。ミカん家もあれから引っ越したんだっけ」
私がミカと呼ばれるのは名字が「三角」でミカドと読むからだ。
ヤナギンは小学校卒業と同時に、うちは中学2年に進級するタイミングで、転居した。いま交流があるのは、小学校以来途切れずつきあいがあったわけではなくたまたま就職した関係先で再会したからだ。
タイムカプセル。
あまり気乗りはしない。
あのときふたりきりで校庭の片隅に埋めたタイムカプセル。確かに私は手紙を書いた。このヤナギン宛の手紙だった。しかし内容は何だったのか。
当時私はヤナギンに幼い恋をしていた。恋とも呼べない淡い好意。卒業と同時に彼が引越しすると知っていて、私は何を……書いたのか。
渋る私にヤナギンは云う。
「ミカがイヤなら仕方ない」
あきらめてくれたかと安堵した私に、ヤナギン。
「なら俺ひとりで掘ってくるよ」
「ひゃ!?」
私は思わず変な声を出した。ヤナギンの不審な眼に私は白旗をあげる。
「あー、うん、私も行くよ……」
ヤナギンは素直にぱっと顔を明るくした。
たぶん幼い私はこの幼馴染のこんな表情が好きだったのだ。
――と、いう顛末で私たちはここにいる。
懐かしい街は昔の記憶どおりの表情でもあり、ところによっては開発でかつての面影もない風景も見せていた。
そして小学校に到着する。
正確を期するなら、小学校がかつてあった場所に。
「うお!」
ヤナギンはやはり率直な驚愕と落胆を声に出した。
小学校は既に影も形もない。4階建ての小洒落たマンションた。
「あー、もう何もないねこれ……」
私はほっとしていた。心配から解放されて気が抜ける。よかった。本当によかった。助かった。
小学校女子の恋文なんてどう考えたって黒歴史だ。
あの恋心を貶めるつもりなんてない。だけど、その恋の発露をしたためた手紙なんて恥ずかしくて発狂ものだ。
いや、その手紙が本当にラブレターだった確証もないのだが。
私の脱力の理由をヤナギンは完全に誤解しているのだろう。
力づけるように肩を叩いてきた。
「しょうがないよな、時間経ちすぎてるもんな……残念だけどさ」
誤解させたままでいい。私はしおらしく頷く。
子供の頃のラブレターなんてなくていい。変に拗らせたくはない。私の気持ちも、ヤナギンとの関係性も。
駅で時刻表を眺めて、ちょうどいい乗り継ぎの電車があると確認する。
ヤナギンは振り向いた。
「とりあえずさ、乗り換えのとこまで出たら、飲むか」
「いいね」
そんな会話を交わしながら、電車を待つ。
土に埋めて隠した手紙は何も語らずに失われた。
それでいい、それがいい。
今日は懐かしい思い出話を肴に飲む。
明日からはまたしばらく過去と無関係顔で暮らす。
いつかこの幼馴染に、いまの私の言葉で語りかけよう。そうしよう。
2/2/2025, 11:44:26 AM