【友だちの思い出】
田んぼの脇に設置された、一日三本しかバスの通らない寂れたバス停。予定時刻になっても訪れないバスにイライラとしながらスマホの時計と睨めっこをしていれば、耳慣れない大型車のエンジン音が耳朶を打った。
良かった、これなら間に合いそうだ。少しだけ軽くなった気持ちで、私は所在なさげに隣に突っ立っていた君の腕を引いた。
「ほら、乗るよ」
「う、うん」
いつもは朗らかな君が、明らさまに緊張している。ぎちぎちに強張った横顔が微笑ましくて、まなじりが下がった。
整理券を二人分とり、バスに乗り込む。ガラガラのバスの一番後ろ、窓際の席に君を押し込めて自分は隣に腰掛けた。
ゆったりと発車したバスの車窓を興味深そうに眺めている君は、どこからどう見てもただの普通の田舎の中学生だ。昔はもっと、取り繕うのがヘタクソだったのに。そう思うと自然と、私の胸に懐かしさが込み上げた。
遊び場にしていた森の奥で、突然「一緒に遊ぼうよ」と声をかけてきた子供だった。ぶかぶかのパーカーにジーンズという服装そのものは普通だったけど、子供が少ないこの村では、見覚えのない顔は不審者そのもの。挙句の果てにその子の頭には、タヌキの耳がぴょんと乗っていた。どう考えても人間じゃないその子と友だちになったのは、同年代の遊び相手がいない寂しさが怪しむ気持ちを上回ったから。それからずっと、友だちとして付き合いが続いている。
好奇心でキラキラと輝く君の瞳を眺めながら、その頭にぽんと手を置いた。かつて変化に失敗し、タヌキの耳が乗っかっていたその場所をなぞるように。
「映画館の迫力にビックリして、うっかり耳を出さないでよ?」
耳元で囁けば、君は真っ赤な顔で「わかってるよ!」と叫ぶ。昔、隠せていない耳を指摘した思い出の中の君と寸分変わらぬ反応に、私は思わず吹き出した。
7/7/2023, 8:46:35 AM