すっかりぬるくなったカプチーノが懸命にそれがそれであろうと抗い、なけなしの泡を僅かずつぷちぷちとゆっくり、ゆっくり弾けさす。
目の前の彼は普段は緩く垂れ下がった眦をきゅうとあげて身体を強張らせている。
口を真一文字に引き結び、小刻みに揺れる前髪からちらちらとのぞいているなだらかな額はわずかに脂汗を滲ませ嫌に照っている。
私よりも遥かに大きな図体を私から隠れるように小さく丸ませ、時折母親のご機嫌を伺う子供さながらにちらちらと此方の顔色を伺う二つの瞳はたっぷりと水を蓄えゆらゆらと水面を揺らめかせていた。
まるで悲劇のヒロインだ。裏切られたのはこっちだというのに。
「もっ、もう、本当にだめなのかなあ……」
「ごめんね…ごめんね…だめなやつでごめんねえ……」
泡が弾ける音さえ聞こえる程の静寂は、次第に目の前にいる大きな子供の鼻を啜る音でかき消されてしまった。
「ごめんなさい……ごめん゙なざい……」
彼は椅子から転げ落ち足元までのたのたと這ってきたかと思うと私の腰に長い腕を巻き付けて擦りガラスに似た悲痛な声で泣き始める。
カプチーノとは違う、人工的な甘ったるい匂いがわずかに鼻腔を掠めた気がして少し目頭が熱くなった。
「私の方こそすみません」
あなたの心に寄り添えなくて、あなたの自由さを受け止めきれなくて。
きっと今ここで許したとしてもあなたはきっと繰り返します。
上部だけ削っても根はしっかり張り付いているんです。私じゃああなたの根は取り除いてあげられない。私は身体も心も小さくてひ弱だから。
彼は私の謝罪にぱっと顔をあげ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃなくせにそれでも綺麗な顔を笑顔にする。
部屋の片隅、古ぼけたドレッサーについてる鏡をふと横目で見る。
私達はあの鏡に向かい合わせた時みたいに揃っているようで左右ちくはぐ。
同じ言葉でも贖いと拒絶じゃ訳が違うのだ。
#向かい合わせ
8/25/2023, 4:09:24 PM