11/7 「あたなとわたし」
耳馴れない音を聞いた。
例えるなら硝子が割れるような音とでも言うべきだろうか。
甲高く、透き通っていて、そしてどうしようもないほどに取り返しのつかない、そんな音を聞いた。
「あれ…?」
頬を温かいものが流れていた。
自室の鏡を覗き込むと、そこには目元を真っ赤にした私の姿があった。
どうやら私は泣いていたらしい。
それもこの様子から見ると随分と大泣きしていたようだ。
けれど、その理由がわからない。
何が悲しくて泣いていたのか、そもそも私は何時学校から帰ってきたのか、どうしてこんなにも心がソワソワして落ち着かないのか。
その全てが分からなかった。
「でわな…願いは叶えたぞ」
どこからか聞こえてきた声にビクリと肩が飛び跳ねる。
けれど、その声に対して私は、怖いとか気味が悪いとかそういう感情よりも先に何故か寂しさを感じていた。
「はぁ…訳わかんない」
いろんなことが気がかりだったし、ちょっと日常で起こっちゃいけないことも起きてた気もするけど、そんなことどうでも良くなるほど眠かった。
先程鏡を見た時に気付いていたが、どうやら学校から帰ったばかりの私は制服から着替えると言う重要なミッションを放棄したらしい。
「うー、無理」
パタンと制服のままベットに倒れ込む。
そのまま瞼を閉じようとして、その前に時計を見ようとして首を机の方に向けた。
「え…?」
その瞬間、私の眠気は一瞬で吹き飛んでしまった。
机の上に置かれた時計のその隣、可愛く飾り付けされた写真立ての中、この上なく幸せそうに笑う制服姿の私の隣に一人の男の子がいた。
とても小柄で、気弱そうで、そして私の…
私の…
私の…
「…なんだっけ?」
思い出せない、のとは違うと思う。
どちらかと言うと知らないというのが正しいのかもしれない。
(胸がざわざわする)
私が生まれてから今日に至るまでにこの写真の男の子の記憶が一切ないのだ。
(嫌な汗が背筋を伝う)
写真立ての中の男の子は私と同じ学校の制服を着ているのに、学校でこの男の子の姿を見た記憶が存在しない。
(どうしようもない焦燥感に気が狂いそうになる)
ふと、先程どこからか聞こえた声が頭をよぎる。
あの声は確か、願いは叶えたと言っていた。
一体私は何に、そして何をお願いしてしまったのだろう。
このままじゃいけない。
私はきっと大切な何かを失ってしまったのだ。
横になったベットから起き上がろうとして気付く。
体が動かない。
指一本さえも。まるで力の入れ方を忘れてしまったかのように動けない。
それどころか、先程引いたはずの強烈な眠気が再び私に襲いかかる。
今この目を閉じてしまったらもうどうにもらならい。
そう感じるのに、私の意思に反してゆっくりと瞼が閉じていく。
狭くなっていく視界の中、もう一度写真を睨見つける。
写真立ての中の男の子が薄くなっていく。
(止めて、行かないで。私を置いていかないで…)
涙が溢れて止まらない。
けれど。
抗えない眠気に襲われ、
私は目を閉じた。
チュンチュンと言うスズメの声で目が覚めた。
とても気持ちのいい目覚めだった。
目覚まし時計よりも速く目が覚めたのは久しぶりで、私の記憶が確かなら目覚まし時計がこの部屋に設置された日以来の快挙だったはずだ。
うん、私を褒めてあげたい。
チラと自室の鏡確認すると制服姿の私がいた。
そういえば昨日は学校から帰ってきてそのまま疲れて寝ちゃったんだった。
どうやらせっかくの早起きでできた時間の余裕も昨日の私の置き土産の処理で消えてしまうらしい。
ふと机の上の写真立てに目が留まる。
写真立てにはいかにも幸せですと言いたげな私が両手でピースなんかしながらこちらを眺めていた。
せっかく気合を入れてデコレーションしたというのに入れる写真が自分の写真とは…私のこと好きすぎだろ!
心の中でツッコミつつそのうち別の写真と交換しようと決意する。
「まぁ、取り敢えず今は、シャワーは~いろ」
11/7/2024, 1:21:53 PM