Open App

 『過ぎ去った日々』

今でもたまに、日常の片隅で思い出が蘇ってくる。

特に休みの日の日が暮れ始めたあたり、感傷的な空気の中にいると恋しくなる過去がある。
目を閉じると瞼の内側で、その景色が見える。

幼い頃、祖母の家の台所。
夏の日の昼間。
白いレースのカーテンが揺れる。畑が見える。
隣には歳の近い従姉妹がいて、まだ小さかった手で野花を摘んだり、色紙(いろがみ)を切ったりした。

あの時、私は世界で一番幸せ者だった。
何も知らなかった。知ろうとする心すら知らず。
心は穏やかだった。
そこには憂鬱や劣等も無く、ただ無垢だけあった。
私の今までの人生で、最も毎日が楽しかったのは、あの時だろうと思う。

私はずっとあそこに居たかった。

今は、もう祖母はいない。
祖母の家も気軽に行ける場所では無くなってしまった。あの頃の無垢な心も、もうない。あの夏の日々は二度と感じられない。いくら涙を流しても。

きっとこの記憶には、死ぬまで囚われ続ける。

3/9/2023, 5:48:02 PM