かたいなか

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「秋風、吹いたか吹かないか曖昧な状態で、今冬をひしひし感じてるって地域、今年絶対あるよな……」
某所在住物書きは今日配信の題目を見ながら、天井を見上げ、ため息を吐いた。

昨日、「事前に9割、投稿文を完成させておき、その日配信された題目は文章の最後に据える」という手法で、だいぶ楽をした物書き。
今回も同じ手を使い、パッと数行だけ加えて後はソシャゲの周回をしようと、
思っていたら、「秋風」である。どう組み込めと。
「秋風、あきかぜ……、……まぁ、冷たい、よな?」
この執筆方法、楽な時は楽だが、酷い時はとことん酷い。物書きは再度息を吐き、頭を抱えた。

――――――

職場の先輩の初恋が、やっと、片付いた。
8年前、解釈押しつけ厨な初恋さんに、SNSで「解釈違い」だの「地雷」だのって、鍵無し別垢で散々ディスり倒されて、その投稿を見ちゃって、
だけど相手を傷つけ返したくなかった先輩は、当時何も言わず、何も伝えず縁切って失踪した。
そんな先輩ともう一度やり直したいって、初恋さんが執着して、先輩を追っかけてきて。
このほど、8年前自分が傷ついたことと、もう恋仲に戻る気が無いことを、
先輩の前の職場、初恋相手と出会った「始まりの場所」、某ホテルのレストランで、
やっと、相手に、面と向かって言うことができた。

『あなたとヨリを戻す気は無い』
『それでも話をしたいなら、恋人でも友達でもなく、地雷で解釈違いな他人として、また会いましょう』
別れたいんだか違うんだか、随分曖昧だったけど、
相手を過度に責めず、拒絶せず、事実と妥協案で組まれた先輩の言葉は、
自称人間嫌いで、実際は優しくてお人好しな、先輩そのもののように聞こえた。

初恋相手は名前を加元っていうんだけど、
加元は先輩の話を聞いて、数秒、しばらく黙って先輩を見て、大きく息を吸って、吐いて。
何か怒鳴りたそうにしてたけど、周囲のお客さんと、多分同僚な従業員を見渡して、断念したらしくて、
すごい形相で、先輩と私のことを見て、
足早にレストランから出てった。

あれは絶対、「自分何も悪くありません」の目だ。
呟きックスの鍵無し垢に、今日の気に食わないことを、「解釈違い」、「地雷」ってポスる目だ。
8年前、先輩の気に食わないところをディスり倒した時みたいに。
先輩の心を自分で傷つけて、自分から先輩が縁切る理由を作った時みたいに。

「あっけなかったね」
私はため息を吐いて、
「なんか、まだ執着してそう。一応気をつけてよ」
先輩に話しかけたけど、
先輩はじっと、人混みに紛れて見えなくなるまで、
加元の背中をまっすぐ、黙って見続けて、
すっかり見えなくなってから、静かに目を閉じて、一粒だけ涙を落とした。

終わったんだ。
少なくとも区切りはついたんだ。
先輩の8年越しの恋愛トラブルが、やっと、すごく突発的だったけど、一旦片付いた。
やっと先輩は本当の意味で、加元から自由になれた。

「そろそろ、何か食べよっか」
先輩の初恋の結末を見届けた私は、テーブルの上にあるメニューをめくって、
まぁ、まぁ。そもそもリッチなホテルのリッチレストランだから、覚悟はしてたけど、
値段設定に、口が、ぱっくり開いた。
わぁ(ラーメンがラーメンの値段じゃない)
しゅごい(「季節飾る花と安らぎのサラダ」 is 何)

「……まかない茶漬け定食が、高コスパで美味いぞ」
先輩はちょっと泣きそうな、でも「一応ひと区切りついた」って穏やかさで、ぎこちなく笑った。
「ところで、現金を下ろしてきても、いいだろうか。
こういう結果になると、思っていなかったんだ。てっきり私の方が押し負けるとばかり」

ポケットに手を入れて、取り出したのは、
少しのお札だけ挟んだマネークリップと、残高ちょっとな決済アプリの画面が表示されたスマホ。
先輩の顔が、少し綻んだ。
「ご覧のとおり、私の懐は今秋風が吹いているんだ」

11/14/2023, 11:07:38 AM