イオリ

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それでいい

 小学生時、写生大会があった。2日間だったと思う。  

 4年生の時のこと。校庭でサッカーボールを蹴る瞬間を描いていた。数人でモデルを交代しながら描いた記憶がある。

 元々絵が苦手だった僕は、最初から好成績を諦め、いい加減にササッと描き上げてしまった。

 途中で担任が見回りに来ると、まだ描いてます、というポーズを取り繕う。その2回目だったと思う。

 もう完成したのか。

 まだですけど。でもほとんど出来上がりです。

 僕がそう言うと、担任が絵の中のクラスメートの太ももを指さした。

 ここ、よく見てみろ。本物はもっと丸みがあるだろ。 そう言って筆を取り、白の絵の具をつけて太ももに数本、線を載せた。

 ほら、こうすると立体的になるだろう。

 はい。 僕は素直に返事した。素直にそう思ったから。

 もう片方は自分でやってみなさい。

 はい。 僕はさっき見たのを真似て筆を走らせた。

 うん、そうだ。それでいい。 担任は笑顔を残し、別の生徒の方へ歩いていった。


 それから2週間後、学習発表会が催された。家族が来校し、子供たちの合唱と演劇を観覧する。

 写生大会で描いた絵は、この日、校舎内に展示されていた。体育館での観覧を終えたあとは、校舎の方に移動して子供の絵を見ることが出来た。

 この年は、祖父母も来ていた。学校では会わなかったが、帰宅後、大きな声で村人Aを演じた僕を、祖母は褒めてくれた。

 祖父はというと。渋い表情だった。

 彼は趣味で油絵をやっていた。絵の方で気に入らないことがあったのかな、直感でそう感じとった。

 絵、下手だから。 僕は祖父に言った。

 それはいい。

 なんか変だった?

 みんな同じ太ももだったな。 祖父は少しさびしそうにそう言った。

 
 翌日、学校で絵を見て気付いた。

 みんなというのは、一緒に描いていたクラスメートの絵のことだった。
 
 どの絵の太ももにも白い線が描いてあった。
 
 つまり、担任がその場にいた全員に、太ももに白い線を描くやり方をやらせたのだった。

 子供の頃は、なぜ祖父がそれを気に入らなかったのかわからなかったが、今ならなんとなくわかる。

 おそらく、人のやり方ではなく自分のやり方で描いて欲しかったのだ。創作の素晴らしさは、何よりも自分を表現することだ。周りと同じような絵を見て、それでいい、なんて、絵かきの祖父は絶対に思わなかっただろう。

 そうならそうとちゃんと言ってくれればいいのに、とも思うが、当時の僕には難しいと思ったに違いない。ごめんね、じいちゃん。

 

 

 

 

 
 

4/4/2024, 1:13:00 PM