針間碧

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『冬のはじまり』

 暑い。何故にこんなに暑いのだ。
 今は十一月も後半。世間はクリスマスだ何だと準備を始める時期だ。だというのに、コートも着れないこの暑さ。
 私は、冬が好きだ。いろんな上着を着れる。コートでもいいし、ジャケットでもいい。ボア系の服とか最近流行ってるっぽいし、着る甲斐もあるというものだ。中の服も大事だが、冬は防寒具を一つ変えるだけで印象が百八十度変わってくる。上着だけでファッションをするのが好きだから冬が好きなのに。なのに。
「なんでこんなに暑いの?」
「私に聞くな」
 現在の日中の最高気温は20℃。上着を着るには流石に暑い。たとえ着て出たとしても、結局脱がざるを得なくなる。そうしたら冬におけるファッションは防寒具と思っている私にとっては裸同然だ。絶対に嫌だ。
「寒くなれ寒くなれ寒くなれ」
「そんなこと思ってるのあんただけよ」
 隣で友人が呆れた声を出す。友人は私とは真逆の人間で、夏の薄着こそ至高と思っている。どうしてそんな水と油のような私たちが友人をやれているのかというと、それはわからない。多分相手だってわかってない。
「そんなに寒いのが好きなら、東北に住めばいいじゃない」
「ここから引っ越すとか絶対やだ」
「我儘ねぇ…」
「ねえお願い、逆さてるてるぼうず作って!雨降るやつじゃなく、気温が下がるやつ!」
「別にてるてるぼうず作ったところで雨なんて降りゃしないし気温も下がらない。諦めな」
「えぇ…」
 わかってはいたが現実を突きつけられ、泣く泣く机につっぷした。それでも諦めきれない私がうじうじ言っていると、友人がため息をつきながら話し出した。
「あんた、明日休みだったっけ?」
「そうだけど…」
「遊びに行くぞ。あんたの言う着たい上着着て」
「え、でも明日も結構暑いんじゃ…」
「着てこい。んで明日行く場所は私が決める」
 彼女が命令口調になると、まず拒否はできない。ハイオアイエス。選択肢はそれだけだ。
「わかったよ…着てくるよ…」
 明日は暑いから仕方ないけどちょっと薄めの上着にしよう。そう計画をたてながら、私は頷いた。

 そして、次の日。私は膝上くらいまで隠れるロングパーカーを着て友人の家の前にいた。何故かというと集合場所がそこだったから。因みに、時間はまだ昼前だったので、そこまで暑さはなかった。
 友人に、家の前に着いた旨を報告すると、エントランスのロックを開けてやるから入って来いと言われた。まだ準備が終わっていないのだろうか。仕方がないなと思いながら、言われる通りマンションに入って行った。
 部屋の前まで着いたので、改めてインターホンを押して開けてもらう。友人は、真冬かと言わんばかりのダッフルコートを着ていた。
「あれ、そんな寒い?今日」
「別に。入って」
 言われるがまま入り、リビングに来ると、
「さっっっっっっっっっっむ!」
 氷点下かというくらい寒かった。え、今一月です?
「なんでこんなに寒いの?」
「あんたそれ昨日真逆のこと言ってたわよ」
「そうだけどそうじゃなくて!なんでこんなに寒いの」
「エアコン馬鹿みたいにつけてる」
「なんで?」
「なんでって、あんたが上着着たいって言ったんじゃない」
 いや言ったけども。
「自然現象を操るなんて無理だけどね。室内なら冬を再現できるじゃない」
 いやそうだけども。どうしても気になってしまう。
「これ…電気代バカにならない?」
「まあなるでしょうね」
「なんで?いいの?」
「…あんた、忘れたの?」
「何がさ」
「昔、あんたが逆のことをやってくれたんじゃない」
「えーあー」
 そういえばあった。薄着したいという彼女のために、私の家の暖房ガンガンにかけて、薄着会したことあった。
「そのお返しをしたまでよ」
 友人は少しそっぽを向いて答えた。私は無償に嬉しくなり、思いっきり友人に抱きついてしまった。
「もう!言ってくれればもっと上着持ってきたのに!」
「言ったらサプライズにならないじゃない」
「今から持ってくるから!待ってて!」
「えぇ…まあいいわよ」
 急いで玄関に走り、靴を履くのもままならないままマンションを出た。
 これから、私たちだけの冬のはじまりだ。

11/30/2023, 9:37:28 AM