名無し

Open App

愛があれば何でもできる?


これは、私の性癖の問題かな。
いや…少し言い方が悪いね、語弊を産む。
人間という概念に対する私の考え方の話!

愛情って多種多様でさぁ、パッと思いつくのは恋愛感情だし、このお題もそれがメインだとは思うんだけれど、友愛でも親愛でも、慈愛でも欲愛でも、話自体は成り立つでしょ。
これはもう立場によるじゃん。親としての自覚が強ければ親愛、特に家族愛の話になるだろうし、友情に厚い少年とかだったら友愛で、神様からしたら慈愛しか存在しない。多分、一番愛情の選択権があるのは私たちくらいの年齢なんだよね。高校生から大学生、社会人五年目くらいまで?かな。

その上で、私は敬愛について話します。
あ、意外に思った?だよね〜。敬意なんて持たないだろ〜、って思うでしょ?
実際私は、そう簡単に人に敬意を抱けないんだよね。なぜかと言うと、その感情が重すぎるから。相手に拒否されすぎて、敬愛を抱くのが嫌になっちゃった。
もちろん、尊敬する部分は尊敬するんだけど、それが愛情っていう明確なものに昇華しなくなっちゃって。

まあ、私個人の考え方や事情なんてどうでもいいんだよ。どの愛情の種類だって、結局は個人差だ。
敬愛って、敬う愛情、でしょ。尊敬した上で親しみを持つ〜、みたいな。
尊敬するということで、何かにおいて相手を上の立場や話を聞くべき人だと認める。
その上で親しみを持つ、つまりは身近な存在だと認める。更に言うと愛情なんだから、与えることが望ましいでしょ。
これってさ、両立させるの、かなり難しいと思わない?多分、他の愛情より抽象的だからかな。実感が伴うことが少ないというか。それこそ学生時代に恩師に出会いました!とか言える人じゃ無い限りね。

で、ここで本題に入ります。
愛があれば何でもできるか?うん、多分、敬愛があれば何でもできるんじゃないかな。って、私は思います。
うーん、多分っていう言葉使いすぎだね。前提としてさ、個人差があるって思ってるからさ、どうにも言い切れないのは許して欲しい。
でね、そう。敬愛って、相手のことを目上だと認識して成り立つから、感覚として、「相手が自分を評価する」っていうのがあると思うんだ。
そこから親しみ、とかの話をし始めた場合、「相手にもその感情を抱いてほしい」ってならないかな。
自分自身を変えてでも、相手からの親しみが欲しい。そう思うかなぁって。

ここからは倫理観の話にもなるし極端だけれど、敬愛する相手が人殺しを頼んできた時、彼が言うなら間違いない!期待に応えなくては!ってなるはずなんだよね。うん、多分合ってる。もちろん、社会一般常識や人間的な倫理を優先するなら話も変わるけど。

てことはさ、≒「敬愛を持っていれば相手のために何でもできる」でしょ!


あ、ちなみに私はこの考え方を持つが故にフラれてきました。恋愛としても同じだからさぁ、私は、愛があれば『相手のために』何でもできる人間です。

5/16/2026, 3:16:16 PM