イブリ学校

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 明るく赤い夕日にヨットや小舟が浮かぶ波止場、灯台が今か今かと灯りをチカチカさせる中、僕は彼女にプロポーズした。彼女は僕の手を取り、「よろしくお願いします」はにかみながら嬉しそうにそういった。そして僕は彼女を抱き寄せ、指輪をはめた。指輪は夕日の光を不規則に反射させ光り輝き、灯台も指輪を照らしたそうにくるくる光を回したが遠くしか照らせずうみねこに慰められいた。僕は「何があってもずっとこの人と一緒にいよう」そう心の中で誓った。そして僕は死ぬまで今日のことを忘れることはなかった

 一緒に暮らし始めてしばらくしたある日の夕食後、彼女はポツリと「早く夕食の準備しなくちゃ」そう言った。僕は不思議に思いながらも「気が早いね明日の分かい」と彼女に聞いたが彼女も不思議そうに愛想笑いを浮かべキッチンへと行ってしまった。僕は意味がよくわからなかったが、明日の仕事が早いので先に寝ることにした。目を閉じてから寝るまでコトコトと何かを作る音が鳴り止むことはなかった。それからすぐのある日、僕が家に帰ると家は散らかり放題で、彼女の姿がなかった。僕が急いで警察に電話すると彼女は家のすぐ近くで迷っている所を発見された。僕は絶対におかしいと思い病院に彼女を連れて行った。そこで彼女の病名を聞かされたとき、僕は床が消え底のない海に落ちていく気分になった。彼女はアルツハイマーだった。

 彼女は別人のように変わってしまった。あれから毎日、ご飯を食べてはすぐに食べたことを忘れ、僕がそれを指摘すると食べていないと怒鳴り散らかすようになった。家を勝手に出ていき迷子になっては警察に迷惑をかけ、その度僕は警察の方々に謝ってまわった。僕も彼女も限界だった。しばらくして介護施設の方がやってきた、しかし僕は夕日に照らされ笑顔の彼女に誓ったことを思い出して施設に彼女を入れる事はできなかった。ある日、また彼女が居なくなり僕は慌てて車で彼女を探しに出かけた、けれどもどこにも見つからなかった。初めて一緒にデートをした喫茶店、一緒に朝まで飲み明かした居酒屋、喧嘩をした後仲直りをしたボーリング場、まるでこの街から忘れられしまったようにどこにも彼女はいなかった。僕は不安と恐怖でハンドルを強く握りながら、彼女の居そうな場所を考えた。
「あの波止場だ...」
僕は我慢できずについ思いっきりハンドルを切ってしまった。瞬間、目の前からけたたましい音を上げながらトラックがグシャッと僕にぶつかった。トラックから降りてきた人が何かを喋っているのをぼーっと見つめ、薄れゆく意識の中で僕は波止場まで急いだ。体は軽く、まるで天使の羽がついているようだった。波止場まで着くと彼女が夕日を見つめていた。波の反射する夕日とその影が織りなすコントラストの綺麗さに負けないくらい彼女の横顔は夕日に照らされ奇麗にそして少し寂しそうにオレンジ色に染まっていた。うみねこが静かになき、寂れた灯台がチカチカと点滅していた。僕は
「おまたせ」
そう言った。

 「この場所何度も来たがりますけど、何か覚えてらっしゃるんですか?」
「彼に連れてきてもらったの」
「とっても素敵ですね、でもそろそろ施設に戻りましょうか暗くなっちゃいますし」
「待って、彼にここで待つように言われてるの彼大事な用があるって言ってたから」
「じゃあ後五分だけ」

ひどく寂れた灯台が指輪を照らそうと光をぐるぐる周し、うみねこがそれを慰めた。


 



 

10/17/2023, 6:23:36 PM