悪夢に悩まされ続け、ここ一週間くらいろくに眠れていない。
そんな私に、彼が一輪挿しの菊のプレゼントをくれた。
「なに? 遠回しに死ねってこと?」
据わった目で彼を見やると、彼は手をぶんぶんと振り慌てた感じで否定した。
「違うよ。かけ算でもマイナスにマイナスをかけるとプラスになる。これ小学生でも知ってる常識でしょ」
「それでいじめの代表格みたいな縁起が悪い菊の……しかも一輪挿し?」
「気分が落ち込んでるときって、さらに拍車をかけるみたいに暗い曲が聞きたくなるだろ。それと似た感じ」
ていうかそのいじめのイメージ古くない? そうのたまう彼を私は無視した。
ラベルが剥がされただけの瓶から突き出る菊を、端から端までじっくり眺める。適当に家にある瓶で間に合わせたのだろう。ほのかにごま油の香ばしい匂いが残っている。
水底に沈む茎の切り口がやけに巧妙だった。
そういえば、彼の実家は花道の家元だったと思い出す。現在の放蕩っぷりからは想像もつかないが、かつては窮屈な上級世界で和の心をびしばしと叩き込まれたのだろうか。
「それとこれとは別。でもまあ……ありがと」
どういたしまして、と彼が屈託のない明るさで笑う。
その眩しさで私を殺せそうなくらいだ。くらと身体が傾く。でも油臭い瓶だけは落とさないように、ぎゅっと握りしめていた。
4/8/2025, 12:33:17 AM