卵を割らなければ

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未来への船

 未来へ行く船が出航する。
 船には皆が乗っていた。賑やかで、これから向かう先に人々は希望を持っているようだった。
 私は岸にいる。岸には人影がまばらにあった。岸は暗くて、人は闇に沈んでいる。私はひとりぽつんと船の出航を見送っている。
 そんな夢を見た。


 未来へ行く船は、現実に出航する。
 私はチケットを持っている。なぜかチケットが届いたのだ。

『未来へ連れて行ってもらえるんだから、お乗りなさい。チケットがもらえない人だっているんですよ』
 周りの意見はおおむねこんな感じだ。船のチケットは、オークションで高値がついているし、奪い合いも起きていて、事件にもなっていた。世間に疎い私でも、すごく価値のあるものだということはわかっている。
 けれど。
 私はこのままでいい。このままでいたいのだ。そう思う。
 それに準備だってまだできていない。船に身ひとつで乗り込む勇気はない。

 家族は着々と支度を始めて、出航のひと月前にはもう、船の方に住み始めた。
 妻(と二人の子供)は、私に愛想を尽かしていた。いつまでも私がぐずぐずしているからだ。妻が頼りにしている相手は他にいる。それを私は知っていた。いつからか私は、妻(と二人の子供)にとって用のない人間になっていた。

 部屋が騒がしい。
 部屋のモノたちが動き始めている。
 テレビ。PC。机。椅子。それらに手足が生えていた。手にはチケットを握りしめている。部屋のドアを開けて、ぞろぞろと行進していく。大きなモノの後には小さなモノが続いた。本。マグカップ。スリッパ。顔のあるモノは私のところへやってくると、ひとことふたこと何か言ってから、列に並んだ。招き猫がにゃあと鳴いてお辞儀をし、ダルマがさらばだと言ってぴょこぴょこ跳ねていった。

 大半のモノが消えていた。ゴミ箱が去って行ったため、そこらじゅうにゴミが散乱していた。
 家が揺れていた。ものすごい揺れだ。家具などはなくなってしまったから、潰されずに済んでよかったと思った。私は床に這いつくばって、掴まるものもないので、端から端へと揺れるたびに滑っていった。

 家は歩いていた。船に乗るつもりなのだ。このままいけば、私は家ごと船に乗せられてしまうだろう。
 そうならそうで、そういう運命なのだろうと思う。こうなってしまったからには、それはそれでしかたのないことなのだと思う。
 船はさまざまなものを乗せて、今晩、未来へと出航する。

5/11/2025, 12:30:25 PM