G14

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 地獄にも太陽がある。
 だがそれは、大地に恵みを与えるものではない。
 地獄の亡者たちを苦しめるためだ。
 地獄は罪人を裁く断罪の場。

 俺は、照り付ける太陽を恨めしく思いながら、地獄の大地を歩く。
 パトロールをするためだ
 地獄を見て回り、改善できる点が無いか調べているのである。

 だが俺はもともと地獄に落とされた身。
 罪人である筈の俺が、なぜ地獄のパトロールなどしているのか……?
 事は1か月前にさかのぼる。

 俺は、生前詐欺を働いたと言う理由で、地獄に落とされた。
 世のため人のためにやったことだが、閻魔の裁判には情状酌量という言葉がないらしく、問答無用で地獄送りにされた。
 言い訳すらさせてもらえなかったのは腹が立つが、まあ犯罪者なのは本当なので仕方ない。

 だが罰を受けるのがごめんだった俺は、口八丁で地獄の連中に取り入り、今では鬼たちと共に、地獄の円滑な運用に取り組んでいる。
 報酬の無い仕事なんてくそくらえなのだが、罰を受けるだけの退屈な日々とどっちがいいかと言えば、間違いなく前者である。
 そういった消極的な理由から仕事をしているが、この仕事はなかなか刺激的である。
 俺は意外にも、こうして地獄を回ることは結構満足していたりする。

 だが俺も罪人の一人。
 罰は免除されているとはいえ、太陽の日差しは俺にも等しく降り注ぐ。
 地獄の太陽は、他の罪人と同様に俺の体から水分を奪っていく……

 はずなのだが……

「地獄の太陽って、日差しが弱くないか?」
 俺は隣で歩く鬼に、気になったことを聞いてみる。
 こいつは、俺が仕事をするにあたっての相棒兼監視役である。
 なかなか堅物で、仕事に熱心だが口数の少ない、寡黙な職人タイプの鬼である。
 そんな鬼だが、話しかければ嫌そうな顔をしながらも、話し相手になってくれる程度には付き合いは良い。

 だから今日も話しを振ってみたのだが、いつもの嫌そうな顔ではなく、呆れたような顔で俺を見ていた。
「何言ってるんだ、お前。
 そんだけ汗かいておいて、日差しが弱いなんてよく言うよ……」
「いや、暑いのは暑いんだ……
 だがどうにも日差しが弱い気がする」
「暑すぎて、頭がバカになったか?
 あそこに、人間界から特別に取り寄せた気温計がある。
 それを見て、正気に戻るんだな」
「あれ、気温計だったのか。
 古すぎて分からなかったよ
 どれ、見て来よう」

 俺は鬼の言う気温計の側まで歩く。
 その気温計は、年代物なのか、ところどころ文字がかすれて読みにくい。
 暑さでぼんやりした頭に活を入れながら、気温計の数字を読む。
 気温計が指し示す気温は30度。
 そこそこ高い温度が示されていた。
 
「あー」
「わかったか?
 ここはお前たちのいた人間界より暑く――」
「やっぱり涼しいんだな、ここ」
「なん……だと……」
 鬼が愕然とした顔で俺をみる。
 どうやら俺の言葉が、鬼にあらぬ誤解をさせてしまったらしい。

「違う違う。
 最近の地球の気温よりかは涼しいと言う意味だ」
「意味が分からん」
「最近地球温暖化が著しくてな。
 外国の事情は知らんが、最近日本では40度越えも珍しくない」
「……俺を騙そうとしてないか?
 お前、詐欺師だもんな」
「こんなことで騙すかよ。
 嘘だと思うなら、後で確認するといい」
「ぐう」
 鬼は、嘘かホントか図りかねていたようだが、ふと何かに気づいたかのように顔を上げた。

「そういえば……
 最近地獄に落ちてくる奴ら、心なしか安心したような顔をしている気がする。
 まさか、そのせいなのか……?」
「おそらく……
 俺もこっちに来た時は『意外と涼しい』と思ったもんさ」
「ぐぬぬ。
 これは由々しき事態だぞ」
 鬼の彼にとって、罪人たちが苦しまないと言うのは見過ごせないのだろう。
 鬼はその場にで唸り始めた。

「これは早急に解決すべき案件だ。
 どうするべきか……」
「俺も案を出そうか?」
「貴様の手を借りん」
「けどさ――」
「なにも言うな。
 仲間の人間のために、俺を騙すかもしれないからな」
「そんなことはしないが……
 まあいい、あんたがそう言うならなにも言わんよ」
「もっと暑くするべきか?
 しかし、安易に気温を上げると、他の施設に影響が……」
「聞いちゃいねえし」

 長くなりそうだ。
 気温計の下に丁度いい影があるので、そこに避難する。
 いい感じに風が吹いて涼しい。

「待てよ、逆に考えるんだ……
 暑くではなく、寒くしては……」
 鬼は自分が滝のような汗を流している事にも気づかず、ぶつぶつと何かを言っている。
 あのままでは脱水症状になるかもしれないが、大丈夫なのだろうか?


 まいっか。
 なにも言うなと言われているし。
 それにしても――

「こうも暑いと喉が渇く。
 自販機の設置を打診してみるか」
 俺は早くも改善案の一つを見つけたのだった。


 👹

 後日。
 いつものように、パトロールに行こうと待ち合わせ場所に行くと、そこには見慣れない小屋があった。

「おい、人間。
 新しい地獄の設備が出来たから、特別に中を見せてやろう」
「嫌だよ」
「そう言うな。
 会心の出来だ。
 ドアを開けてみろ」
「はあ」

 このまま断っても、鬼は引き下がらないだろう
 適当に付き合って、とっととパトロールへ行こう。
 そう思ってドアを開けると、中から熱くて湿った空気が出てきて、おもわず一歩下がる。

 この炎天下をして熱い空気。
 この小屋の中はかなりの高温らしい。
 ここに入れば、たしかに地獄の責め苦を味わう事だろう……

「驚いたか人間。
 この部屋の中は温度を高くしてある。
 これで、涼しいと言ったやつらも音を上げるだろう」
「そうか……」
「だがそれだけでは芸がない。
 そこで俺はこの小屋の中の湿度を極限まで高めた。
 これで不快度を上げ、人間をさらに苦しませるのだ」

 相棒は、自分の画期的な発明を誇っていた。
 確かに言葉だけを聞けば、とんでもない拷問設備である。
 これ以上ない地獄の設備であろう。
 だが俺には、この設備に心当たりがあった

 サウナじゃん。

「だがこの地獄はそれだけでなない。
 小屋の裏を見てみろ」
 鬼に促され裏に回ると、そこには露天風呂仕立ての温泉があった。

「ここには、キンキンに冷えた水風呂を用意した。
 暑さに参った罪人どもは、我先にとここに飛び込むだろう。
 だがそれは罠。
 温度差によって、罪人共はさらに苦しむことだろう」

 『やっぱサウナじゃねーか』

 俺は喉まで出かかった言葉を飲み込む。
 俺は罪人だが、だからと言って、冷や水をかけるような真似をするほど腐っちゃいない。
 たとえ本人のためにならないとしても。

「どうだ、俺の考え出したものは!」
「い、いいと思う……」
「どうだろう、どうだろう」

 鬼は高笑いする。
 そう……これでいいんだ。
 それにだ。
 鬼の言う通り、サウナは結構苦しいものだし、水風呂も温度の急激な変化は辛いものだ。
 きっちり拷問として機能する。
 ただ、その拷問にはデトックス作用があり、そして体が整う効果があるだけである。

 地獄は広い。
 こんな施設の一つくらいあってもいい。
 俺は自分に言い聞かせる。

 高笑いする鬼に、下を向く俺。
 地獄で行われるとんでもない茶番劇。
 俺たちを見て、地獄の太陽が笑っている気がした

8/7/2024, 1:41:53 PM