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「二人ぼっち」

もう30年も前になる。
私が高校2年生の時、学校の授業で「情報」というパソコンを扱う授業が始まった。
当時は、今の若い世代のように、デジタル機器が当たり前のように 学校の授業に取り入れられている時代ではなかった。
教えられた内容も、基本的なタイピングだったが、希望者は放課後に簡単なCG制作なども学ぶことができた。
私の家は貧しかったので、パソコンに触れる機会がなく、この機会にパソコンを学んで将来の仕事に活かせれば良いなと淡い期待を抱いていた。

情報の授業では、パソコンが備え付けられているパソコン室に移動するため、普段とは異なる席順になった。
私の隣の席になったのは、クラスで派手で目立つ存在の女子だった。
それまで関わることがなかった女子だったので、席順を知った時、小心者な私は帰りたくなった。
極力、彼女の視界に入って不快感を与えないように努めようとしていた。
その当時の私は女子にトラウマがあった。

中学1年生の時、仲の良かったと思っていた女子に「好きな子を教えて」と言われた。
当然秘密にしてくれるだろうと何の疑念も持たず、愚かな私は教えた。
次の日、私の好きな子を教えた 女子の口が、とても冷酷な言葉を放った。
「◯◯ちゃん、◯◯君のこと、気持ち悪いって言ってたよ」
信用していた女子は、勝手に私の想いを意中の女子に告げ、彼女の心中を恐ろしいほどの笑顔で代弁してきた。
自分が他者から見ると、気持ちが悪いと感じる存在なのだと、その時初めて認識した。

そんな経験があり、情報の時間で隣になった女子は当然のように私のことを嫌っているだろうと思っていた。
だが、情報の授業が始まると、その印象は大きく変わった。

彼女もパソコンを初めて触れるようで、電源ボタンの位置を私に聞いてきたことがコミュニケーションの始まりだった。
タイピングの練習の授業でキーボードの指定された文字がどこにあるかわからないというので、彼女のキーボードを指差して答えたり、「パソコンを消すにはどうすればいいの?」と聞かれては答えた。
当時の情報の授業では基本的に先生が教えるだけではなく、生徒同士が、教え合いながら補間していくという形式だったので、私語も大分許されていた。
毎回同じような質問をされては答えることを繰り返していたが、次第に将来の夢などのプライベートな話題をするようになった。
彼女はとても気さくな人だった。

彼女は臨床心理士を目指していると話してくれた。
当時の私は将来、就きたい職業などはまだ朧気で、実家から近く学費の安い大学に行くことだけを目指していた。
彼女の確固とした目的を持った生き方に心から尊敬の念を抱いたと同時に、彼女のことを最初は偏見の目で見ていた自分を恥じた。

情報の授業は、沢山の人がいたはずだ。けれど、私の記憶には彼女と二人で話をしていた温かな記憶だけが強く心に残っている。

彼女が今どこで何をしているのか、私にはわからない。
ただただ、彼女の幸せを心から祈っている。

3/22/2026, 12:51:27 AM