“相合傘”
雨が降りそうな日はいつも傘を持たずに家を出る。
傘を持たずに家を出て、教室に着いてからはずっと降り出してくれと祈ってばかりいる。
一年前、入学してから間もないある日、帰宅時間を狙いすましたかの様に突然大雨が降り始めた。傘を忘れた私がその中にむりやり飛び出そうとした時に、隣の席の男が声をかけてくれたあの日から私は傘を持たないようになった。
その隣の席の男は、見るからにチャラくてどちらかと言えば苦手なタイプだった。誰にでもヘラヘラと声をかけ、殊更可愛い女にはベタベタと甘える様な薄っぺらい男だ。
急な雨なんて『傘忘れちゃったから入れてよ』なんてニヤニヤと笑いながら狙った女と帰る口実にするようなタイプだと思っていたのに。
コンビニまで走って傘を買いに行ってくれたうえ、その傘に入れてくれた時に不覚にもドキリとしてしまったのだった。
それからというものカバンの中に仕込んだ折り畳み傘はほとんど使われることはなくなった。
アイツの取り出す折り畳み傘が一回り大きくなったことに気づいてからは、朝雨が降っていない限り傘を持ち歩くことすらなくなっていていつの間にか降って欲しいと願うようになっていた。
わざわざ遠回りをして私の家まで付き合ってくれるのも、わざわざ少し大きい傘を買ってくれたのも、さりげなく私が濡れないように傘をかたむけてくれるのも、全部全部私だけの特権だ。
ちゃんと降れよ、と私は今日も曇り空を睨んでいる。
6/19/2024, 4:57:57 PM