忘れられない、いつまでも
俺はあの日のことを、忘れられない。
いつまでも覚えているだろう。
こんな強い雨が降る夜にはごくまれに思い出す。
その日は冬のある日の雨が降っている夜だった。
近くのコンビニだからすぐに行って帰れると思い傘を持たずに出ていき、支払いの段階で初めて財布を忘れていたことに気が付いた。
スマホでの決済の最中に、電池が切れた。何も買うことの出来ない俺はしかたなくコンビニを出る。コンビニにいる間に、雨がざあざあと強く降っていた。
仕方なくずぶぬれになって家に帰ってきた俺は、ドアを開けようとして気づいた。
——カギがない。
とりあえず、俺がいない間に兄が帰っているだろうと期待しながらインターホンを押す。
出ない。
もう一回押すが出ない。
何度も何度も押しまくるが、出てこない。
……帰っていないのか。
スマホの電源は落ちているから兄に連絡が取れない。財布もないから缶コーヒーの一つでも買って温まることもできない。
どこで落としたのかと、俺はもう一度コンビニへ向かう道をたどる。
スマホの明かりはなく、街頭だけの暗い道の中、地面を見てもカギらしきものは見つからない。兄のように、小さなテディベアのようなものをぶら下げておけばよかったと、いまさら後悔しても遅い。不幸なことに俺のカギにはキーホルダーが全くついていなかった。
探している間にも、雨は容赦なく俺の体温を奪っていく。コートが雨を吸って重くなる。手はかじかんでいう事をきかなくなってきた。相変わらず、鍵は見つからない。そろそろあきらめて帰ろうかと思ったその時だった。
「ここで何をしているんだ。風邪をひくだろう」
兄の声がして、そっとビニール傘がさしかけられる。俺は兄に身を寄せて、無理やりビニール傘の中に濡れないように体を納めようとあがき、兄に追い出されかけていた。
しかし、スマホも財布も鍵も持っていないことを伝えると、兄は近くの自販機に行って、熱い缶コーヒーを買ってくれた。
兄と二人で、狭いビニール傘の中に押し合いへし合いしながら、家に戻る。その間にも片方の肩は濡れて、体温を奪う。
コンビニから約5分ほどの家は、この時の俺にとってはとてつもなく遠く感じた。
ガチャリと、鍵の開く音がして暗い部屋の中に入る。
俺はすぐに風呂を沸かして入った。その後暖房をガンガンに聞かせた中で、兄の気分の冷製パスタとジャガイモの冷製スープにがっかりしながら熱いお茶を飲んだ。
風呂で暖まったにもかかわらず、翌日俺は風邪をひいて寝込んだ。
俺は忘れない、いつまでも。
この日だけでなく、去年のこのころの雨の日も、散々な目にあい風邪をひいたことを。
だから俺は本当に雨の日が嫌いになった。
碌な目に合わないのだから。
5/9/2024, 12:16:16 PM