リュックの内ポケットに、黒い手帳が入っていた。何だろうと思って開いてみると、どうやら日記のようだ。すこし角ばった字で、日付と天気、その下に文章が数行、書き記されている。
あいつ、日記なんてつけてたのか。あのだらしなくていい加減な男が、毎日欠かさず。よく続いたもんだと感心する。
読んでみると、帰り道に猫がいたとか、コンビニの新作スイーツがうまかったとか、それから、俺の寝顔がアホみたいだったとか。書いてあるのはそんな、とりとめのないことばかりだった。
おい、誰がアホだ。ああ、たしかにあの映画は面白かった。そういえば、そんなこともあったな。心の中で相槌を打ちながら、ページをめくっていく。
日記は、一週間前の日付で途切れている。
夕飯のシチューがうまかった。世界一うまいって言ったら、大げさだろって笑われた。本気で言ったんだけどな。また食べたい。そんなことが書いてあった。
世界一ってことはないだろう。三ツ星シェフが作ったシチューのほうが、何倍もうまいに決まってる。それでもあいつはきっと、俺が作ったやつがいいって、そう言うんだろう。
シチューなんて、いくらでも作ってやる。それから近所の野良猫を撫でて、新作のスイーツが出たらふたつぶん買ってきて、映画を見よう。寝顔がアホだとか、そんな軽口だっていいから。
もういちど聞きたい。おまえの声を。濡れたら滲んで消えてしまう、文字なんかじゃなくて。
ただ、いつもどおりのただいまに、いつもどおりのおかえりを返してやりたいのに。今日も、玄関の扉は開かない。
【テーマ:閉ざされた日記】
1/18/2026, 10:54:52 AM