青星

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優しさ


もしかしたら、うちの犬は明日死ぬのかもしれない。
私の足に前足を伸ばして、尻尾を千切れるほどに振り回し、私の腕に顔を擦り付けるうちの犬の、つぶらな黒い瞳を見て、ふと、そう思った。


数年前に犬を飼い始めた。トイプードルで、オスで、名前は『モグ』。名付け親の父からは、『モグモグといっぱいご飯を食べて欲しい』という理由でモグと名付けたそうだが、実際はすごい偏食家で、高いペットフードしか食べない裕福気取りの犬になってしまった。

そんなうちのペットのモグ。なんで、死んでしまうかもしれないと思ったのは、思ったのは……、なぜだろう。
けれど、そう思った。ふと、そう思ってしまった。

歳だろうか、最近よくモグは吐く。しょっちゅう母の車に乗せられて病院に行く。モグはきっと、この家に来るべきじゃなかったと思う。モグは私が家に帰ると必ず、私の足に前足を伸ばして、腕に顔を擦り付ける。尻尾を扇風機のようにブンブン回して。私はそれが理解できなかった。その行動は、その愛情表現は、私にするべきじゃないからだ。
私は酷い飼い主だ。
私は、モグを蹴ったことがある。モグの腹を。

最近まで、私はモグのことが好きじゃなかった。嫌いというほどでもなかったが、少なくとも家族ではなかった。いつからだろうか。モグに噛まれて、爪が割れた時から?。手に傷が残った時から?。お気に入りの人形を壊された時から?。わからない。けれど、そう…、その時、学校でうまくいかなくて、イライラして、親にも、何もかもに嫌気がさしていて、物に当たったり、カーテンに何かを投げつけたり、してて、その時、黒い、瞳で見つめるモグが、とても憎らしく見えて、私は蹴った。蹴ってしまった。それなのにモグは私に尻尾を振って、構ってと、そのまた黒い瞳で私を見つめてくる。なんで?。私はきみに酷いことをしたじゃないか。一度や二度じゃない。なんでそんなことができる?。
飼い始めの頃、毎日ブラッシングしてたからか?。途中で飽きて辞めてしまったのに?。
母がヒステリックになって、家を荒らした時、私のところに来たのはなんで?。私が隅で縮こまってたから?。
わからない。わからない。なにも、なにもわからない。
きみは一体何を見てるんだ。何もきみにしてあげられなかったじゃないか。

『今日もモグ吐いててね、食べたものをそのまま吐いてるみたいなの。』
お風呂上がり、浴室から出ると母が言った。知ってる。知ってて、私は見ないフリした。昼に一階に降りると、くすんだ薄桃色の鶏肉が汚く点々と落ちてた。ドロドロの消化されたものじゃなかったから、モグが皿から落としたのかと思ったけれど、それでこうはならないとすぐにわかった。わかってそれを片付けなかった。汚いから。みっともなくて惨めだから。

洗面所にまでついてきたモグからは、ゲロ特有の酸っぱくて苦い、臭いにおいがした。口元の毛には固まったカピカピのゲロが張り付いてた。
水に濡らしたティッシュで取ろうとしたら、器用に頭を動かしてティッシュを避けていく。水嫌いだったもんな。シャワーする時いつも浴室の影に隠れてたから。私は諦めてそのティシュを捨ててモグの頭を撫でた。
洗面所にまで入ってくるのは珍しいなと思った。モグの体調が悪いのは、たくさん吐くようになったのは、私が腹を蹴ったからかもしれないと思った。


ごめんね。ごめんなさい、明日も、生きて、私の横に座ってくれませんか。

1/27/2026, 4:28:32 PM