ある日、僕の世界から音が無くなった。
顔を真っ赤にして、目をつり上げながら、大声をあげている(だろう)ママの声は、僕には聞こえない。
ママとパパはもともとあまり話をしなかった。
ママは仕事を辞めて、スマホで動画を作りインターネットにあげていた。
ある時、僕が小さい子向けのおもちゃを紹介する動画がバズり、ママは似た企画の動画を繰り返し投稿するようになった。
始めは僕も楽しかった。
だけど、TVのオーディションにも行かなきゃいけなくなったり、動画の撮影が夜おそくまでかかるようになってからは、楽しくなくなった。僕はママの為の仕事だと思うようにした。
僕はだいぶ前からママが怒り出すと音が聞こえなくなっていた。
今日も、ママは何かを怒っている。しずかな世界の中で、ママの顔だけが歪んだり、赤くなったり、震えたりしていた。僕は不思議そうな顔をする。ママはもっと怒っているようだった。
別の日の夕方、学校帰り。
僕の家のマンションまでのほそい路地で、どこかのお家からカレーの匂いがしてきた。
ママにカレーが食べたいって言ったら、怒られるかな。僕はそんなことを考えながら、俯き歩いた。
題:風に乗って
4/29/2024, 5:37:55 PM