《声が枯れるまで》
さわさわ。さわさわ。
青く澄んだ、空の下。風に揺れる、一面の金色。
私は、広大な草原の中に立っていた。
足元を埋め尽くす、秋の色に染まった草達。
風のリズムに合わせ、唄うように囁いている。
こんな時に思い出すのは、とある神話から始まった寓話。
神様に呪いを掛けられた、ある王様。
王様は、その呪いをひた隠していた。
けれど床屋には、呪いの秘密を知られてしまう。
王様の秘密を知ってしまった床屋は、その重さに耐えきれなくなる。
そんな床屋は一面の葦の真ん中に穴を掘り、王様の秘密を穴の中へ思う存分叫び抜いた。
床屋はすっきりしたけれど、その数日後。
一面の葦の葉が、床屋の叫んだ王様の秘密をさやさやと喋り続け。
王様の秘密は、世間の明るみに出てしまった。
他人の秘密をほいほい喋るのは、絶対によくないけれど。
気持ちを押し殺して、黙っているのが辛くなることはある。
好き。彼のことが、本当に大好き。
本人を眼の前にしては絶対に言えないけれど、いつも胸の中はいっぱいになり過ぎて。
抱えきれなくて、溢れそうになるくらい。大好き。
いっそ、大きな声で叫べたらな。声が枯れるまで。
優しい笑顔。柔らかな眼差し。
丁寧な言葉使い。折れない強い意志。
相手への細やかな気遣い。大きな銃で戦う動きの美しさ。
心に思い浮かべた、愛しいあなたの姿。
眼の前の草達は、もちろん言葉を語らない。
互いがこすれ合う音を、通り抜ける風に乗せている。それだけ。
このさざめく音の中ならば、きっと誰にも聞かれない。
だから、今だけ。
「…『あなた』が、大好き。」
草の囁きに紛れて、そっと呟いた。
きっとこの呟きは、風に乗って空へと昇る。
誰にも、聞かれることはなく。
でも、それでいい。それが、いい。
10/21/2024, 11:35:59 PM