ゆずし

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「今日にさよならがいえるのは、明日がある人の特権だと思うんだよ」

 彼女は車椅子に引かれながら呟いた。

「というと?」
「……お父さんとお母さんは、さよならも言えずにいなくなっちゃったから」

 あの悲惨な交通事故は、彼女の両親と彼女の足を同時に奪った。以来彼女は、ぼくの家族の一員となって暮らしていた。

「君は……勝手にいなくならないでね?」

 不安そうに上目遣いで、ぼくの服の裾をぎゅっと掴んでくる。ぼくはもう我慢ならなかった。

「平凡でも、平穏であればいい。きみと一緒に過ごせるなら"今日"はずっと輝くと思うんだ」

 小さな箱を彼女に手渡す。質素で飾り気のない、されど強く輝く指輪。華奢な彼女の左薬指にそっとはめて言う。

「せっかくさよならを言うなら、後悔しないように大切に生きていこう。ぼくときみ、2人で」
「……っ」

 彼女は車椅子から飛び出さん勢いで、ぼくに抱きついて来た。

「うん、うん……っ」

 今日を生きるのは、大変な事だ。辛い事も沢山ある、でも精一杯生きたなら、自信を持って言えばいい。

「今日にさよなら」を。

2/19/2023, 4:11:52 AM