《天国と地獄》
「ねぇ、君は死後の世界を信じる?」
「なんですか、急に話しかけてきて」
僕が夜の街をアテもなくぶらついていたら、怪しい女が話しかけてきた。明らかにオーバーサイズのコートを着て、フードを被っていて顔がよく見えない。
「私ね、これから死のうかなって思ってるの。この際死ぬことについて色んな人に聞いてみよっかなって」
「説明されても一ミリも分かんないんですが…」
「まぁ、冥土の土産ってやつよ」
全く意味が分からない。だがこの女は死のうとしている。それは止めるべきなんじゃないか?
「あの〜、あなたの事情はよく分かりませんが死ぬのはやめたほうがいいんじゃないかと思うんですけど」
「君もそういうのかい。じゃあ賭けをしよう。」
「賭け?」
「君が私を説得できたら私はもう少し生きてみる。説得できなかったら私が“目の前で”死ぬ。…どう?」
やはり意味が分からない。しかも僕が説得できなかったら目の前で死ぬとか言っている。気が狂ってるのか?
「…あなたがどういう人なのか分かりませんがとりあえず止める説得はします。」
「賭けに乗ったって訳だね。じゃあそこのベンチで喋ろっか」
そこから色んな話をして説得を試みた。試みたものの、女の境遇がひどすぎだった。元彼にほぼ全財産を持ち逃げされ、家もなく、さらに職もないという。…簡単にいえば絶望的状況―地獄―だった。僕もこうなったら死を選びたくなるだろう。
なんとか説得し続けてきたのだが…
「残念。時間切れだ。私が死ぬという気は変わらなかった。君の負けだ。」
「は?時間切れってどういう―」
聞く間もなく女はナイフをポッケから出し、首を切ってしまった。辺りに血が飛び散り、血溜まりが出来始めていた。
こんな状況を初めて見て、地獄のようだと感じた。そして、空回りしていた頭がやっと平常運転し始め、
「救急車、呼ばなきゃ」
慌てて携帯を取り出そうとすると、
「その必要はないわ。やっと死ねるもの。」
「何言っているんですか。あれだけ言ったでしょう。生きてることの楽しさを。だからもう少し生きましょうよ」
「君はなかなかいいやつだね。君は天国に導かれる人材だ。私は地獄に行ってくるよ」
最後の最後まで何を言っているか分からなかった。そして、女はその言葉を最後に息絶えた。
5/27/2024, 11:38:26 AM