〇成

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「しにたくない」

手紙の束に紛れていた手のひらに収まるほどの紙片に、お世辞にも綺麗だとは言えない少し右上がりの癖のある字が並んでいた。
見飽きるほど見たその字を書く主は、少し前に荼毘に付されたばかりだった。
その主の家は、大きな家財どころか荷物すら数える程しかなかった。がらんとしたその様は、自分の亡き後も成る可く他人の世話にならないようにと思っていたからなのだろうと容易に察せられた。
その残された数少ない荷物の1つが、この手紙の束だった。

僅かに残された時間の中、静かに互いを慈しみ睦み合う中で「あと少し先の話」が出なかった訳では無い。
その話の度に「死ぬのは怖くないよ」と一蹴していたこいつも、ひたひたと忍び寄ってくるその恐怖に駆られることがあってひっそりとここへ吐露したのかもしれない。
若しくは、ぼんやりと一人過ごす中で不意に浮かんだその言葉を手慰みに書いただけかもしれない。
その紙も塵箱へ捨てる前にここへ紛れてしまったのかもしれないし、直接伝えることの出来なかった抱えきれない感情の吐露をいつか誰かに見付けてもらいたかったのかもしれない。
……いくら考えても、もうその理由を聞くことは叶わないが。

胸ポケットに刺してある万年筆を取り出すと、どこにも書けない言葉を、誰にも紡ぐことの出来ない言葉を隣に記す。
小さな紙片の中で歪に二つ並んだその言葉を一度だけ視界に納めたあと、鉄と鉄を擦り合わせる音と共に着いたライターの火にかざすと小さなヂリッという音と共に一瞬で灰になり消えた。
燃やしてしまえばこの言葉はアイツの元へ届くのだろうか。
届いてしまえば何時ものようになに言ってるの、と笑って言いながらも肚の中ではその言葉に酷く苛まれるだろう。その間は天国で安穏と過ごしていたとしても、俺の事を忘れることは無いだろう。

そんな仄暗い思いを抱えながら、その言葉の真意を伝えることの出来る日を、あの言葉の意味を知ることの出来るその日が訪れる日を待っている。

2/7/2024, 2:22:32 PM