いぐあな

Open App

オカルト
300字小説。

山道の幽霊

「……坊主、しっかりしろ」
 力の入らない身体をがっしりと抱える腕。耳元で太い声が聞こえる。
「……無理です。目の前が真っ暗で何も見えません……」
「大丈夫だ。必ず助かる。暗いのは、その先に光があるからだ。言うだろ。夜明け前が一番暗いって」
「……そうですね。だから、今度は二人で光を……」
 山肌が崩落する。あの時は彼が身をていして、動けない僕を突き飛ばしてくれた。でも今度は……。僕は彼の腰に手を回すと、一緒に走り出した。

『主人が『ただいま』と夢枕に立ってくれました』
 スマホから彼の奥さんの涙声が聞こえる。三年前、崩落事故を起こした山道。僕は改めて現場に花を供えると
「ありがとうございました」
 深々と頭を下げた。

お題「夜明け前」

9/13/2023, 12:14:53 PM