すゞめ

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 作業部屋のレイアウトに無理があるのか、部屋全体の配置、動線がどうもしっくりこなかった。
 廊下に出て外から覗き込むようにして部屋全体を見回す。

 やっぱり、無理があるよなあ……。

「朝からなにしてんの?」

 内開きのドアを開けたまま唸っていると、彼女がリビングから出てきた。

「仲間になれなくて困っているんです」
「仲間?」

 彼女は俺の作業部屋を覗き込んだが、すぐに目を逸らした。
 俺に向き直ってマジマジと見つめる。

 かわいい。

「クズで能面でヘラってるからいじめられたの?」
「……」

 悪意しかない彼女の言葉に、にやけそうになった口元がギュッと引きつった。

「今この瞬間にイジメが勃発した気がしますね?」

 普段、彼女から陰口や愚痴を聞くことは少ない。
 しかしいざ口を開かせたら、天才的に人を煽るのが上手いし、悪口のセンスも高かった。

「仲間になれないのは俺じゃないです」

 部屋の入り口手前に押し込んでいたパネルを廊下に出した。
 推しである彼女の等身大パネルである。
 カットラインやグロス加工などこだわり抜いたのに、肝心の置く場所がないのだ。

「この子なんですけど……」
「知ってた! ホンットふざけんな!」

 はつらつとした彼女は今日もかわいい。
 一生懸命パネルを指差す彼女を安心させるために、その指を両手で優しく包み込んだ。

「安心してください。ウェディングドレスのあなたはアクスタにしましたから」

 白無垢を身にまとった彼女のパネルを見てうっとりとした心地になる。
 ウェディングドレスのパネルも作りたかったのだが、幅が広すぎて縮小をかけるしかないと言われてしまい、諦めたのだ。
 どうせ縮小をかけるのならアクスタにしようと、ウェディングドレス姿と白無垢姿のアクスタを大量生産する。

「違うっ! そういうことを言ってんじゃない!」

 スパァンッ、と勢いよく手を振り解かれてしまった。

「せっかくかわいいあなたを作れたのに飾る場所がありません」
「んなもんさっさと部屋の隅にでも立てかけとけよ」
「それが……見てくださいよ」

 推しの密度が増して最高なのだが、大きさまで考えていなかった。
 部屋にはすでに彼女の身長と同じ高さで作ったぬいぐるみが2体いる。
 それなのに俺は同じ大きさのぬいぐるみを2体、ウェディングドレス姿と白無垢姿で推しを作ったのだ。
 合計4体の巨大ぬいぐるみだけで、四畳半の作業部屋の圧迫感がすごい。

「なんでこんなクソデカぬいぐるみ、2体も増やしたんだよ?」
「アクスタ作ったら、缶バッチやフレークシール、アクキー、ぬい、タペストリーも欲しくなっちゃったんですもん」
「だからって限度があるだろ。歩く場所もないじゃん」
「そうなんですよ」

 パネルを置くとしたらドアを塞ぐように置くしかなくなり、出入りがとても不便になるのだ。
 しかも部屋を入るときにドアを押してしまってパネルを傷つけてしまう恐れがある。
 推しに怪我をさせる可能性があるだけで胃に穴が開きそうだ。

「パネル諦めたら?」
「ひとりだけ仲間外れとかかわいそうじゃないですか」

 イラァっとしたオーラが彼女から溢れてきたが、推しのスペシャルウェディンググッズは取りこぼしなく飾りたい。

「というわけで廊下に置かせていただきたく」
「却下」

 勝算のない交渉に入ろうとしたが、当たり前のように却下された。

「推し活もいいけど、そっちばっかり大事にされちゃったら、今度は私の居場所がなくなるじゃん」
「!?」

 しょんもりといじけているが、それはどういう理屈だ!?
 俺の推しは彼女である。
 居場所がなくなる!? そんなバカなっ!?

「あなたの居場所はここですがっ!?」

 ギュウギュウに抱きしめたらビクッてした。
 かわいい……。

「ちょっと、待っててくださいね?」
「ん?」

 白無垢姿の等身大パネルを丁寧に段ボールにしまい直して作業部屋にしまった。
 ドアを閉めたあと、俺は彼女を抱えてリビングに移動する。
 ソファの上に彼女を組み敷いて、額にキスを落とした。

「……ねえ、どういうつもり?」
「いえ。ちょっとかまいたくなってしまったので」
「朝から爛れすぎだろ」
「だからリビングで我慢してるんじゃないですか」
「場所の問題じゃ……、ちょっ」

 彼女の皮膚に軽く唇を落とすたびに、ピクピクとかわいく反応してくれるから、つい調子に乗ってしまう。

「かわい」
「うっさい」

 俺の服に縋りながら睨まれても、照れているのは全然ごまかせていないし、かわいいだけだ。

「俺、作業部屋片づけてくるんで昼飯はどっかで食いに行きません?」
「ん。いい、けど……」

 俺の服を握る力を緩めたり強めたり、落ち着きのない様子を見せる彼女の頬に触れる。
 親指でしっとりとした唇の輪郭をなぞった。

「ここは……俺が止まれなくなっちゃうので。もう少し待っててくださいね?」
「……言わなくていいヤツ」

 言わないと不安になるクセに。

 その本音は隠し、力なく服から離されたその手に俺はキスをした。


『仲間になれなくて』

9/9/2025, 7:05:12 AM