「今日は腹を割ってお話ししましょう」
取引先の営業部長がにこやかな笑顔で話してきた。スキンヘッドで髭を生やしている。顔の威圧感とは裏腹に穏やかな表情をしている。しかし騙されてはいけない。今日は社運のかかった重要な商談だ。
「ぜひとも率直なお話ができればと思っております!」
私はそう返事をした。
“腹を割って話す”英語で言えば“heart to heart”。私はこの言葉を使う人間が大嫌いだ。嘘偽りなく心と心で話しましょう? そんなもの嘘に決まっている。会話の一言目から「これから嘘をつきます」と宣言しているようなものだ。
なぜ嘘をつくとわかるかって? それは私が『人の心を読める』能力者だからだ。疑っているな? じゃあ試しにコイツの心をのぞいてみようじゃないか。きっと今ごろ本音がうごめいているぞ!
(はあ、商談とかめんどくさいなぁ。変なこと聞かれないかなぁ。上手く返せるかなぁ)
なんだコイツ、意外と小心者じゃないか。これならいい条件を獲得できるかもしれないぞ。
「早速ですが、こちらの土地、10億円でお売りいただけないかと」
いきなり向こうから金額提示をしてきた。安すぎる。相場で見ても20億はくだらない土地だ。思いっきり値切ってきやがった。最初に落として、できるだけいい条件で交渉しようっていう腹だな? こうなったら心を読んで、どれくらいの着地点で考えてるか探ってやろう。
(あー、さっき“腹を割って”って言ったけど、あれどういう状況なんだろう。腹を割ったらもう切腹だよなぁ。一緒に腹を割ったら介錯してくれる人いなくて内臓がだらだら出てきちゃう……)
私は思わず心を読む能力を停止した。
やめろ〜! 内臓が出てくる様を想像するな〜! 商談の場で何を想像してるんだコイツは。全然商談に集中してないじゃないか! 仕方ない。まずは言葉で揺さぶろう。
「10億とはずいぶん安く見積もられましたね。相場から見ても20億はくだらない土地ですよ? そこに立地と将来性を考えれば、30億でも足りないぐらいかと」
私は逆に値段を釣り上げた。どうだ? 少しは動揺するだろう?
「実は我々で独自にあの土地の調査をしてまして。地盤がかなり不安定なのと土壌にあまり良くない成分が多く検出されています」
スキンヘッドは穏やかな表情のまま何やら話し出した。
「は、はあ。良くない成分と申しますと?」
私は動揺を隠しながら質問した。
「あきらかな土壌汚染です。地盤の強化も含め、これをすべて解決するのに少なく見積もっても5億はかかる。そして我々はあなた方がこれを知っていて隠していたのではないかと考えています」
「そ、そんなまさか!」
こちらの調査報告にそんな記載はひとつもない。しかし我が社がそんな特記事項を見逃すはずがない。……さては向こうが仕組んだ罠か? 今度こそ腹の内を暴いてやる!
(うーん、内臓のこと想像してたらお腹空いてきちゃったなぁ。ハンバーグ食べたいなぁ)
コイツ内臓からひき肉連想してやがる! あんな気持ち悪い想像で食欲沸くか!? むしろ俺は気持ち悪くて何も食べたくないんだけど! っていうか全く商談に集中しないでこんなに俺を詰めてこられる? 完全になめられてるじゃないか!
「そ、そのような事実はこちらでは確認しておりません。いますぐ証明できない以上、持ち帰って検討しますので、改めて調査をする時間をください」
(あれ、この子よく見たら焦ってる顔もかわいいなぁ。ハンバーグと一緒に食べちゃいたくなってきた)
え? なに、なに!? この思考、コイツの心の中だよな! 怖い! ホントに怖い人だ!
「今日はいい商談ができると思って、こちらからわざわざ出向いて来たんですがね。時間の無駄だったということですか」
スキンヘッドの男はあくまで笑顔を崩さずに言った。そして席を立ってこちらに近づいてくる。そしてこう続けた。
「わかりました。結論は後日で構いません。その代わり……このあと一緒にお食事行きましょうよ」
男は強い力で私の腕をギュッと掴んだ。
「ああ〜! 結局本音モレすぎぃ〜! 勘弁して〜!」
2/6/2025, 1:48:15 AM