2023/06/13 【あじさい】
雨が降っている。
雨の中下駄を鳴らしながら急足で家路を急ぐ。今日はずいぶんと雨足が強く、浴衣の袖もぐしょぐしょに濡れている。
こんな日は、いつも同じことを思い出す。
道端には、毎年この時期に咲かせる紫陽花が雨の水滴で輝いていた。赤、青、紫。雨で曇っている街の表情を明るくしてくれる。
-まるで、あの頃の彼のように。
彼はいつも、私が暗くなって落ち込んでいるとき、いつも笑って私を元気付けてくれていた。
彼は紫陽花を見ると、いつも同じようなことを口にしていた。
「紫陽花みたいな、暗い状況こそ明るく輝くような存在は、俺たちにとっても絶対いなくちゃいけない存在なんだよな。」
私は、そう言って紫陽花を見つめ嬉しそうに目を細める彼の表情が大好きだった。
-いや、あの頃だけじゃない。
きっと今も、傷ついた誰かを思って、紫陽花のように暗闇を照らす存在になっているのだろう。きっとそうだ。絶対に彼ならそうする。彼は諦めない。
今この場に彼がいたら、やはり同じように笑ってくれるだろうか。
-彼は、帰ってくるだろうか?
「あなた、早く帰ってきて」
会いたい。会ってあなたの顔が見たい。
私は紫陽花の前で手を合わせる。
戦争に駆り出される時ですら、また会えると笑顔で言って去っていった、愛する夫の無事を祈って。
6/13/2023, 12:03:56 PM