薄墨

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あの日は、蒸し暑い日だった。

太陽がごうごうと熱を上げていて、雲を全て消し飛ばしていた。
陽炎が先の先で揺らいでいた。
脳が煮えるような暑い夏の日だった。

そんな中を私は貴方と2人で歩いていた。
彷徨っていた。
出口も入口もハイキングコースも分からないまま、私は、ずっと歩き続けていた。

蝉が鳴いている。
梢が水色の色画用紙を貼ったような空を背景に、パラパラと散らばっていた。

がさり、と足元が音を立てる。
ずるり、貴方が音を立てる。

もう私たちは何処を目指しているのか分からなかった。
あの頃から、私たちの関係は冷え切っていて、私たちが目指したはずのゴールは、陽炎のように揺らいでいた。

もう私たちは何処を目指しているのか分からなかった。
ハイキングに来たこの山で、私たちは道を外れたのか…あったはずの道順は、強い日差しで陽炎になって揺らいでいた。

私は、自分が何をしたのか分からなかった。
気がついたら、貴方がぐったりと地面に落ちていた。

襟首を引き、山を登った。
貴方は、あれだけ熱を持っていた口を冷たく閉じて、燃えたぎるようだった目に霜を降ろしていた。
ぐったりとした貴方は重たくて、でも、素直だった。

私は、首にかけたロザリオを握りしめる。
太陽の熱を蓄えたロザリオは、強く暖かい。

私は今、何をしているのだろうか。
何処へ行こうとしているのだろうか。
私は神様に問いかける。
本人である私すら理解できない今の私の状況を、理解できるものがいたら、それはきっと神様だけだろう。

神様だけが知っている。
私の行く末も。
貴方の行く末も。
この暑い夏の日の結末も。

くらり、と脳が煮える。
私は何故ここに来たのだろうか。
私はどうして貴方を誘ったのだろうか。
何も分からない。でも大丈夫。

きっとそれも、神様だけが知っている。

蝉の慟哭が聞こえる。
ロザリオを握りしめた手のひらに、鈍い痛みが走る。
襟首を握りしめた拳の内に、汗が滲む。

真っ青の空の中、陽炎は何処までも揺らいでいた。

7/4/2024, 1:25:07 PM