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秋風

地下歩道を抜けると、地上に生えてる木々が視界に入った。
地下の下がった場所から見上げる地上の景色。
私はこの瞬間が好きだった。

通ってきたトンネルの向こう振り返ると、アスファルトの斜面に秋の日差しが降り注いでいた。

同じ町なのに、この数メートルの距離で、景色はがらりと変わる。不思議だ。まるで別世界にきたかのように。

階段には黄色や茶色の秋の色をした落ち葉が、コンクリートを覆う絨毯のように一段一段に敷き詰められていた。
この上にある桜の木の葉だろう。無機質で冷たいコンクリートに温かみを感じる。
春は散った花びらで桃源郷に続く階段になっていた。
歩くたびにカサカサと鳴る葉の音を感じながら、私は一歩一歩登ってゆく。

地上に出ると街の一角にある桜の並木通りに出る。
春。
満開な花を咲かせていた桜は、季節が移り変わってゆくごとにその表情も変えた。
毎日通るこの道は、私に季節を感じさせてくれる。

脇の木を見上げると、すっかり秋の色に染まっていた。
不意に風が吹いて葉を揺らす。
そうしているうちに第二陣の風が吹く。

『…っ』

目の前が一瞬にして黄金色に輝いた。
時間が止まってしまったかのような刹那的な景色。
世界はその瞬間、金色の光に包まれたのだ。
あれは全てを救ってくれる神々しい光だ。目頭が熱くなる。
空中に舞った木の葉の大群に思わず息をするのも忘れてしまった。
こんな平凡な日常に、目を奪われる瞬間があるんだということに心が揺さぶられる。

『プップーッ』

どこからか聞こえたクラクションにハッとして意識をとり戻す。
目の前に広がるのは、いつも通りの日常。
私が見た景色が幻だったのかと思うほどに、この目に馴染んでいた。

『あれ?』

頬に冷たさを感じる。
もう。これから予定があるのに、メイクが崩れてちゃうや。

ひとりでこんなとこ突っ立ってたら変な人だな、なんて。
そんなのもどうでもいいくらい、私は溢れるままに涙を流した。

秋風が頬を撫でる。
涙はすっかり乾いた。
さっぱりとした気持ちだ。


ーーー後日。
しばらく家での療養を課された私が、あの並木道を通ったときには、木の葉はすっかり落ちてしまっていた。

紅葉のシーズンも終わりか。
そういえば、最近、気温も低くなってきた。
今年は新しいコートを買ったから、着るのが楽しみだ。

どこからか風が吹く。

『あっ』

残っていた最後の一枚の葉を攫って宙に舞った。

秋風が冬へ誘ってゆく。

11/15/2022, 10:39:59 AM