帰燕[Kien]

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作品No.156【2024/09/03 テーマ:些細なことでも】


 男は、そのチラシを見ながら、
「どんな些細なことでも——ねぇ」
と、独り言ちた。
 そのチラシは、半年前から行方不明のとある少女の情報を募るものだった。この辺りでは有名な、所謂底辺高校の制服を着た少女の写真も載っている。明るい茶色の髪と、目元の濃いメイクは、どちらかといわなくとも派手な印象をもつ少女として男の目に映った。
「とっくのとうに死んでますよその子——なーんて言ったら、どうなるんですかねぇ」
 男は言って、チラシをテーブルの上に放り投げた。
「ねえ、あんたはどう思います、これ」
 テーブルの向こう側には、椅子に縛り付けられた男がいた。鼻ピアスが特徴的な男は、男を見てただ震えている。
「あんたが殺した子——こうしてさがしてくれる誰かがいるみたいですよ。それについて、どう思います?」
「ゆ、ゆるしてくれよ……」
 鼻ピアス男は、震える声でそう絞り出した。
「警察にでもなんでも行くからさ、放してくれよ、な?」
「そういうわけにいかないんですよ。大体、警察に行くなんて言葉、信じられるわけないでしょう?」
 男は、にこやかに笑む。それは、穏やかな微笑みに見えるのに、なぜか鼻ピアス男の恐怖心を煽った。
「僕はただ、知りたいだけですよ。それこそ、どんな些細なことでもいい、余すところなく、全てを——ね」
 男は、笑みを浮かべたままだ。そのまま、鼻ピアス男に歩み寄る。
「教えてくださいよ。この子をどんなふうに殺しました? この子を殺した後、どんな感情を抱きました? 今、この子や、遺された人達に、何か思っていることはありますか?」
「や、やめろ……来るな……!」
 鼻ピアス男は、必死にもがく。椅子に縛り付けられている状態では、逃げようがないことはわかっているのに、そうせずにはいられなかった。椅子がガタガタと虚しく鳴る音だけが部屋に響く。
「さぁ、話して聞かせてくださいよ。あんたの犯した、罪の物語を」
 鼻ピアス男を見下ろしながら、男は笑みを絶やさぬままそう告げた。

9/3/2024, 2:41:41 PM